第40話

 二人でベッドの中でくつろぎながら、スマホで賃貸物件を見ていた。


 勇凛くんにお願いして腕枕をしてもらいながら。

 幸せすぎる。


「どの辺に住みますかね……」


 これからあの会社で働くなら、あっちに近い方がいいのか──


 でもなるべく近づきたくないし、プライベートまで汚染されたくない。

 ずっと働く気なんてない。

 認めさせるまでいる期間限定だ。


「勇凛くん」

「はい」

「ラウンド2の近くで探そう」


 我ながらアホな提案である。


「……いいですね。俺もっと歌上手くなるように練習します」


 ……そっちか!


「今度物件見に行こうか?」

「はい、行ってみましょう」


 嫌なことはひとまず置いておいて、私たちは夫婦としての日常を堪能していた。


 * * *


 ──月曜日


 出社して早々、上司と面談。


「すみません、一身上の都合により、退職します」


 上司は顔をしかめている。


「まいったな。君の後任が思いつかない」


 診断書のおかげで残業はかなり減り、負担は上司に回った。

 心なしかやつれている。

 私に丸投げしていた罰だ。


「退職後はどうする?」

「別の企業に行きます」


 まだこの上司の方がマシなのかもしれない。

 勇輝さんは私を潰しにきそうな気がする。


「今まで無理をさせてすまなかった」


 上司に頭を下げられた。

 驚いて言葉に詰まった。


「……はい。正直かなりしんどかったです。後任の人はちゃんと配慮してあげてください」


 新卒で入社してからここにずっと勤めてきた。

 いい思い出はあまりない。

 むしろキツかった。

 ただ、なんとかそれでも持ち堪えていた自分を褒めたい。


 上司との面談が終わって、廊下を歩いていると──

 森川さんが待ち伏せていたかのように立っていた。


「辞めるんだ」

「はい。色々あって」

「もしかして……“ 勇凛くん”関係?」


 鋭いなこの人は。


「……あの会社に入らないといけなくなったんです」

「は……?あの会社って林ホールディングス……?」

「はい」

「何があったんだよ」


 森川さんは珍しく動揺している。


「私は人質みたいなもんですよ」


 勇凛くんをあの会社に縛るための。


「意味がわからない」


 私だってこんなことになるなんて、微塵も思っていなかった。


「森川さん、色々ありがとうございました」


 森川さんに頭を下げた。


「……結婚の次は退職か」


 森川さんは私の横を通り過ぎた。

 ……と思ったら振り返った。


「連絡先聞くのはアリ?」


 連絡先……。辞めるのに?

 もう話すことなんてない。


 私が答えられずにいると、森川さんはボールペンをだして、私の手をとった。

 そして手の甲に番号を書いた。


「え!?」

「なんかあったらいつでも連絡して」


 そう言ってオフィスに戻った。


 なんて強引なんだ!

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