第36話

 私たちの結婚を否定された……。

 何か言われる覚悟はしていたけど、いざ言われるとダメージが大きい。


「認めなくても、俺たちは法的にも夫婦です」

「それがなんだ。これ以上歯向かうなら、容赦しない」


 今度は私を見た。


「君の会社も調べてある。君の立場も、私の権力でどうにでもできる」


 ──それって


「あの会社から私を追い出すこともできる、ということでしょうか」

「そうだ」


 なんてことだ。

 こんな手まで使うような人。


「七海さんに何かしたら俺は兄さんを許しません」


 勇凛くんの顔が今までにないくらい怒りに染まる。


「……どうすれば、私たちの結婚を認めてくれますか?」


 私の言葉にまた鋭く見る。


「そうだな……」


 その時、勇輝さんが怪しげな笑みを浮かべた。


「君がどのくらい優秀か、見せてもらおう」


 ──え?


「それはどういうことでしょう」

「君もうちの会社に来なさい」


 想定外な答えだった。


「七海さんを、この会社に……?」

「そしたらお前もここに来るだろう?勇凛」


 勇凛くんをここに縛りつけるために私を利用……?


「もう答えは一つだけだ。ここに二人とも入れ。それしか道はない」


 勇輝さんは想像以上に冷酷な人だ──


「……私はこの会社で何をするんですか?」

「そうだな。君の事をちゃんと理解したい」


 何……?


「私の秘書になってもらう」


 とんでもない提案だった。


「そんなの俺が許しません!」

「黙れ。まだ社会の厳しさも知らないお前が口答えするな」


 勇輝さんが私にゆっくり近づいてきた。


「君が優秀なら、少し考えてやる」


 ──この人は……


 怒りで震えた。


「人をなめるのもいい加減にしてください……」


 とうとう私の堪忍袋の緒が切れた。


「私が社会人になって、どれだけ命削って社畜人生に身を捧げたか、ボンボンのあんたにはわからないでしょう」


 ──言ってしまった……


 勇輝さんは笑った。


「威勢があるな。そんな風には見えなかった。ならさぞかし優秀な人材になりそうだ」


 もう引き返せない。


「ええ、やりましょう。秘書でもなんでも」


 もう止まらない。


「七海さんダメです!!」


 必死な勇凛くんの顔。


「勇凛くんごめん……。私にもプライドがあるんだ」


 ──受けてたってやる。


「で?今日は挨拶だけか?」


 私は持ってきた書類をデスクに叩きつけた。


「私たちの結婚にあたって必要な手続きをお願いします」


 勇輝さんは目を通した。


「わかった。これは処理しておく。ただ……」


 何今度は。


「君たちの結婚が長く続くとは思えないがな」


 せせら笑うような表情。


「絶対に離れません」


 勇凛くんが言い返した。


「俺はこの人のためなら命も捧げます」


 驚いて声が出なかった。

 勇輝さんも驚いていた。

 でもすぐに元の表情に戻った。


「勇凛もここで働く覚悟ができたということだな」

「七海さんがいるなら、ここにいますよ」


 勇輝さんの思惑通りに進む物事。

 なんて人。


「じゃあ七海さん、すぐにあの会社を退職してここに来なさい」

「……わかりました」


 もうやるしかない。

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