第35話
勇凛くんと別れた後、私はなぜか精神的に落ち着き、ぐっすり寝れた。
左の薬指に光る指輪のおかげだろうか。
勇凛くんと離れてても繋がっている気がする。
朝起きてすぐに準備に取りかかった。
頭のてっぺんからつま先まで、私は着飾った。
鏡の中の自分を見て気合を入れる。
そのとき、勇凛くんからメッセージがきた。
「12時に本社の最寄り駅で待ち合わせましょう」
だんだんと近づくその時間。
勇凛くんのもう一人のお兄さん、どんな人なんだろう。
勇凛くんみたいに穏やかな人だといいんだけど。
私は神に祈るように待ち合わせまでの時間を過ごしていた。
***
───12時
林ホールディングスのビルがすぐそばに見える駅の前に私は立っていた。
緊張して頭が真っ白な状態だった。
「七海さん!」
声をかけられ振り向いた先には、スーツを着た勇凛くんが立っていた。
スーツ姿の勇凛くん、なんて爽やかな新社会人、というフレッシュさを醸し出している。
ああ、良き。
フォーマルな勇凛くんに見惚れていた。
勇凛くんは私のことを凝視している。
「……今日の七海さん、すごく綺麗です」
「ありがとう。勇凛くんもかっこいいよ」
お互いやや照れる。
そして二人で本社ビルに向かって歩いた。
巨大なビルのエントランスに入ると、大理石の床が広がっていた。
エリートサラリーマンで賑わっている。
その間を縫って私たちは受け付けに行った。
「13時にアポイントを取っている林勇凛です」
勇凛くんが受付に言うと、受付嬢は内線をかけていた。
「最上階へどうぞ」
最上階……?
たじろいだ。
「七海さん、行きましょう」
勇凛くんは顔色一つ変えずにエレベーターに向かった。
エレベーターに乗って、迷わず最上階を押す勇凛くん。
「今までここに来たことあるの……?」
「はい。何回か」
今日は勇凛くんがいつもより逞しく見える。
私は勇凛くんの手を握った。
勇凛くんも握り返した。
そして最上階に着いた。
扉が開くと、重厚感があるフロアが広がっていた。
気圧される。
まるでラスボスの直前にいる、プレイヤーのような気分だ。
勇凛くんについていく。
大きな扉の前に立つ。
勇凛くんがドアをノックした。
暫く待つと──
「入れ」
低い声が響いた。
怖い!
足がすくむ。
勇凛くんは私の目を見て頷いた。
そしてゆっくりと扉を開いた。
──そこには
勇凛くんとそっくりな、大人の男性が大きなデスクチェアに座っていた。
勇凛くんとも勇哉さんとも違う、オーラを放っている。
風格が、社長代理を物語っている。
「勇凛。久しぶりだな」
射るような視線。
それが私にも向けられた。
「君、名前は?」
「な、七海と申します」
勇凛くんのお兄さんはしばらくすると立ち上がった。
「私は林
勇輝さん──
「海外のオフィスにいる父の代わりにここにいる」
勇輝さんは勇凛くんを厳しい目線で見た。
「勇凛、なぜ無断で籍を入れた」
ズキっと胸が疼いた。
私はとんでもないことをやらかしたんだということを痛感した。
「兄さんの許可が必要なんでしょうか」
勇凛くんは変わらずお兄さんを見据えている。
「お前はここの会社の人間だという自覚が足りない」
強く放たれた言葉。
全く祝われても歓迎もされていない。
足が震える。
「まだ学生の身分でありながら……」
険しい勇輝さんの表情にやや悔しさが滲んでいる。
「俺はこの会社に勤める気はないです」
「……わかっている。調べてある」
「え?」
勇凛くんの表情が一変した。
「内定を取り消した」
言葉を失った。
まさか、勇凛くんが内定をもらっていた会社の内定を取り消したっていうこと……?
そんな……ひどい。
「……そこまでする人だとは思ってませんでした。」
勇凛くんから怒りを感じる。
「お前は反発して家を出て、一人暮らしをしてバイトをして、自立した気分でやってるだろうが、所詮手のひらの上で転がっているだけだ」
「この会社の金で悠々自適に暮らしてる兄さんたちよりよっぽどマシです」
「威勢だけはいいな。もうお前も卒業を控えている。会社に入り、これからの準備をしろ」
全く会話に入り込めない。
でも──
「……勇凛くんが決めた未来を簡単に潰すのは、妻として見過ごせません」
私はただ黙ってるだけじゃダメだ。
勇凛くんを支えないと。
「部外者は口を挟むな」
部外者……?
「七海さんは俺の妻です!」
勇凛くんが強く言い放った。
「私は認めていない」
とても重い言葉だった。
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