第27話

 私は午後休をとって、役所と病院に来ていた。

 人事に提出する書類と、森川さんに言われた診断書をもらいに。

 病院に着いて、受付まで歩いている時、うっかり持っている書類を落としてしまった。

 慌てて拾っていると、落ちた書類を拾ってくれた人がいた。


「ありがとうございます」


 その人の顔を見ると──勇凛くんだった。


「どういたしまして」


 ん?

 なぜここに?

 っていうか、なんでスーツ着てるの?

 私は顔を凝視してしまった。


「え、なに?」


 勇凛くんが戸惑っている。


 ──違う。


 そっくり。

 本当にそっくり。

 だけど、顔つきや体格がしっかりしている。

 他人の空似……?


「スミマセンでした!」


 私は慌てて受付に行った。

 そのあと、診察を受けて、診断書をもらった後、病院から出ようとすると、またさっきの男の人に会った。


 本当にそっくり……。


 まさか

 まさかね


 軽く会釈をしてその場を去ろうとした。


「ねぇ、君が勇凛の奥さん?」


 ──え?


 その人の方を見ると、謎めいた笑みを浮かべている。


「さっき落とした書類見てわかった。勇凛の名前あったから」


 これは、まさか……


「あ、あなたは──」

「勇凛、俺の弟」


 勇凛くんのお兄さんに早速遭遇してしまった。


「ふーん。こういう女が勇凛の好みなんだ」


 勇凛くんの顔をしているのに、人を見下したような態度をしている。

 でもこの人は、勇凛くんの家族なんだ。

 私も“林 ”七海なわけで。


「はい、七海と申します」


 私は頭を下げた。


「色々聞きたいんだけど」


 ここで……?

 私が何も答えられないでいると、勇凛くんのお兄さんは手招きをした。


「車で送ってくよ」


 え?


「あの」

「どこ行くの?これから」

「会社……です」


 なんか怖い。


「あの、今日は別の用事もあるので、結構です」


 私が踵を返すと、腕を掴まれた。


「え!?」

「大丈夫だから。手だしたりしないから」


 は??

 何この人、怖すぎる!!

 私はそのまま車の助手席に乗せられた。


 高級車。

 ハイブランドの時計。

 スーツも高そう。

 でもなんかチャラい。


 運転席にその人が座ると、タバコを出して吸い始めた。


「どこ行くんだっけ?」

「あの、いいです本当に」

「他人じゃないんだから少し話そうよ」


 なんて強引なんだこの人!!


 車のエンジンをかけると、洋楽が爆音で流れた。

 驚いて恐怖を感じた。


 逃げたい!!


「駅まででいいです!」

「え?聞こえない」


 お前の音楽が煩いんじゃ!!

 イライラしてきた。


「駅まででいいです!!!」

「顔こわっ」


 笑い出した。


 これがお兄さん……?

 顔しか似てない。

 ショックだ。

 完全に遊ばれている。


「駅までねー。てか何歳なの?」


 年齢をダイレクトに聞くとか。


「……三十です……」

「え??」

「三十です!!」

「え、俺とタメじゃん。やば」


 同い年……?

 お兄さんと歳離れてるのか勇凛くん。

 確かお兄さん二人いるって言ってたけど……。


「七海ちゃん勇凛の顔面で決めたでしょ?」

「え??」


 七海ちゃんって、いきなり!?


「あいつ顔だけじゃん。まだガキだし」


 ──この人、本当に……

 はらわたが煮えくりかえる。


「勇凛くんは顔だけじゃありません!!」


 今までで一番大きな声が出た。


「びびった。運転してるんだから、考えてよ」


 私を怒らせるからだ!

 とにかくタバコ臭!


 地獄のドライブだ。

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