第26話
私と勇凛くんは夫婦。
ならもう勇凛くんは我慢する必要はないんだ……。
「すみません、寝る前にこんなこと言って。なんとか耐えるんで、七海さんは寝てください」
勇凛くんは背中を向けてしまった。
なぜだろう。
今までそんなにしたいとは思ったことがないのに、私は無性に勇凛くんに触れたくなった。
私は勇凛くんの背中に体をくっつけた。
「いいよ。我慢しなくて。」
勇凛くんが振り返った。
「……え?」
「私たち夫婦だし。……私もそういう気持ちになってきてしまって」
暗闇で見つめ合ったままの私たちは、しばらく動けなかった。
だんだんと距離が縮まってきて唇が触れそうになった、その瞬間──
「七海さん、今日はやめましょう」
「え?」
どういうこと?
「今勢いでするのは……なんか違うと思うんです」
何が?
「ちゃんと日にちを決めましょう」
なぜ!?
「それまでにちゃんと、心の準備をします」
勇凛くんは深呼吸をしたあと、目を瞑った。
「七海さん、おやすみなさい」
え、え?
私は心の準備万端だったんだけど。
寝ちゃうの?
キツイ!!
私はなかなか眠りにつけなかった──
***
──朝
やっと寝れたのは三時ごろだろうか。
多分人生で発情したのは、これが初めてではないだろうか……。
私が布団から起き上がると、勇凛くんも気がついて起きた。
二人でベッドに座ってボーッとしていた。
「……七海さん、おはようございます」
勇凛くんの表情は、心なしか力がなく虚だ。
「うん……おはよう」
──しばしの沈黙。
「俺、朝方まで眠れませんでした……」
お前もかい!と心でつっこむ。
二人で夜中に悶々として眠れなくて起きていたっていう。
「……ふふっ」
私は笑ってしまった。
「どうしたんですか?」
勇凛くんは戸惑っている。
「いや、私たちってもしかして、似たもの同士なのかな……」
「え?どういう意味ですか?」
「いや、いいの。気にしないで」
二人で寝ぼけ眼で歯磨きをして、着替えて、朝ごはんを食べる。
テレビで朝のニュースを見る。
「8時になったら行くよ」
「はい。じゃあ会社まで送ります」
「うん、ありがとう」
一人で行く、は、勇凛くんには通用しないから、もう言うのをやめた。
***
二人で玄関から出て、朝日の中を歩く。
寝不足のせいかお互い会話が出てこない。
でも、手が触れ合って手を繋ぐ。
それで満たされてしまった。
もうすぐ会社。
よーく見ると、見たことがあるシルエット。
森川さんだ。
気まずい!!
私は勇凛くんの背後に隠れた。
「どうしたんですか?」
「ごめん、ちょっとこのままでいさせて」
しばらく身を潜めていると──
「おはよ〜」
ああ……
勇凛くんの肩越しに見ると、ガッツリ気づかれていた。
勇凛くん、無言。
「なんで二人ともそんな元気ないの?」
森川さんは揶揄うように言う。
勇凛くん、相変わらず無言。
「朝から仲がいいことで。じゃあまた後でね〜」
そう告げてビルに入る森川さん。
微妙な空気が流れる。
振り返った勇凛くんの顔は険しかった。
「あの人馴れ馴れしくないですか?」
「……気さくな人、なんだよね」
でもさっきのは悪意を感じた。
「七海さん。気をつけてください」
「うん」
勇凛くんと私は、別れを惜しむように離れた。
ああ
恋してるな。
朝の空を見ながら思った。
その時スマホに通知がきた。
勇凛くんからだった。
『兄から連絡が来ました。土曜日に来いと言われますが、予定空いてますか?』
土曜日……
はやっ
心の準備が
『予定ないよ。大丈夫』
勇凛くんのお兄さん。
どんな人なんだろう。
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