第20話

 眩暈だった。

 眩暈は割とよくある。

 耳石が剥がれやすい体質だからだ。

 だから別に特別なことでもなかった。


 ただ──


 勇凛くんが私に覆い被さっている。


「すみません!大丈夫ですか?」


 勇凛くんが顔を上げた時、目が合った。

 見つめ合ったまま、時計の秒針の音だけが聞こえる。

 心臓が早く脈打つ。


 その時自然に私たちの唇が重なった。


 あの時は一瞬だった。

 今度は、10秒くらい。


 そのあと、私も勇凛くんもお互いの顔が見られなかった。


「……眩暈は割とよくあるんだ。驚かせてごめんね」

「そうなんですね……俺今日も泊まりますよ」

「ううん。大丈夫。明日学校あるんだから、今日は帰って」


 私が促すと、「わかりました」と渋々了承してくれた。

 勇凛くんは立ち上がって、私に手を差し伸べてくれた。


「帰ります」

「うん」


 ぎこちなく話す私たち。

 私は勇凛くんを見送ったあと、部屋のフローリングにへたりこんだ。


「こんなんじゃ心臓がもたない……」


 その時、スマホに着信があった。

 姉からだった。


「もしもし」

『退院した?』

「うん、退院したよ」

『あの男の子とはどうなったの?』

「うん……。これから夫婦として二人でやっていくつもりだよ」

『そうか〜。おめでとう!式は?』

「まだ何も考えてないよ」

『まあ急がなくていいからねー。ところでさー、あんた、その子の扶養とか社会保険関係ちゃんとやってる?』

「え?」


 何も考えていなかった。


「え、扶養って、どうすればいいの?」

『今彼学生なんでしょ?なら親の扶養に入ってるんじゃない?』

「たぶん……」

『あんたの扶養に入れれば、配偶者控除で手取りあがるよ』


 わけわからない……。


『彼のご両親に会いに行って相談すれば?』

「え──」

『早くやった方がいいと思うよ。名義変更とかもね〜』


 やらなきゃいけないことが、どんどん増えてゆく。

 勇凛くんの親に会いに行く……?

 可愛い息子を奪った社畜OLとか絶縁されたらどうしよう……。


「姉ちゃん……ヤバい私色々自信ない」

『あんた一人じゃないんだから、二人で頑張りなさいよ』


 電話を切った。


 もう何を言われても、行くしかない。

 まず勇凛くんに連絡しよう。

 私は勇凛くんにメッセージを送った。


『扶養のことで相談がある』


 しばらくすると返信が来た。


 勇凛『なんでしょうか』

 七海『勇凛くん親の扶養に入ってるよね?』

 勇凛『はい』

 七海『私たち結婚してるから、私の扶養に入った方がいいと思って』


 その後返信がなかなか来ないと思ったら着信があった。


「もしもし」

『七海さん。俺、七海さんの扶養に入るのはキツイです』

「え、なんで……?」

『妻に養われてるって感じが、ちょっと……』


 プライド的に難しいかな……。


「勇凛くんが扶養に入ってくれると、家計が助かるんだ……」

『そうなんですか?』

「うん。税金の関係で」


 ──沈黙


『……わかりました。じゃあ、四月まではそうします』

「ありがとう。あとね、その件も含めて、勇凛くんのご両親に会おうかと思ってるの」


 正直めちゃくちゃ怖い。


『両親は仕事で海外に住んでます』

「え?」


 海外……?


『家の細かいことは兄達がやってます』


 お兄さん達……?

 じゃあ私、お兄さん達に会いに行かないといけないの?


「わかった……。じゃあご家族が都合がいい日にお伺いできれば」

『……わかりました。一応両親にも説明します。ただ──』


 ただ……?


『兄達は厄介なので、必要最低限の会話で早く切り上げましょう』


 どういうこと!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る