第19話

「勇凛くんお腹空いてるよね?」

「はい、少し。何か作りましょうか?」

「え!昨日も作ってもらったからいいよ。今日は何か頼もうよ」

「ダメですよ。医者から言われてますよね?ちゃんとした食事を食べないと」


 勇凛くんは冷蔵庫を覗いた。


「昨日の残りの食材が少しありますけど、これじゃ足りないので俺今から買いに行ってきます」

「そこまでしなくていいよ!」

「でも七海さんの体が大事ですから」


 好意は嬉しいけど真面目すぎる。


「じゃあ私も行くよ」

「七海さんは休んでてください」

「勇凛くんだけに任せてのんびりしてるのは嫌なの!」


 ──沈黙が流れた。


「わかりました。すみません。暴走しました」

「ううん。私のためにありがとう。一緒に買いに行こう」


 私と勇凛くんは二人で歩いてスーパーに向かった。

 勇凛くんの手が私の手元にきた。

 私は勇凛くんの手を握った。


 あっという間にスーパーに着いた。

 二人で食材を見て回る。


「勇凛くんは何が好き?食べ物」

「和食が好きですけど、なんでも食べますよ」

「じゃあ今度カレー作ろうかな……」


 カレーくらいしかまともに作れない。

 もっとレパートリー増やさないと。


「七海さんのカレー食べたいです」


 嬉しそうな勇凛くんの表情。


「うん、落ち着いたら、ね」

「七海さんは今日何が食べたいですか?」

「うーん。ハンバーグかな……」


 その時思い出した。

 ハンバーグの作る手間を。


「ごめん、今の忘れて」

「なんでですか?」

「ハンバーグって手間かかるし」

「七海さんが食べたいものにしましょう」


 勇凛くんは肉コーナーに行って挽肉を入れてきた。


「え!本当に作るの?」

「はい。うまく作れるかわかりませんが」


 他にも食材を買い込んで、また二人でマンションに帰った。


 ***


 キッチンに立つ勇凛くん。


「エプロンありますか?」

「え、エプロン使うの?」

「油飛ぶのであると助かります」


 私の持ってるエプロン、ピンクの花柄なんだけど。


「こんなのしかないんだけど……」


 勇凛くんに差し出すと、特に顔色も変えず「ありがとうございます」と言って、エプロンをつけて玉ねぎを刻み始めた。

 背の高い若い美形男子が、ピンクの花柄エプロンをつけてキッチンでハンバーグを作ろうとしている。


 はたから見ると不思議な光景だ。

 今でも夢なんじゃないかと思っている。


 私は勇凛くんの近くに行った。


「どうしましたか?」

「一緒に作ろうと思って」

「じゃあ、混ぜたの形作ってください。俺焼きます」


 ハンバーグも作れる勇凛くん。

 なんて有能なんだ!!


 勇凛くんと並んでハンバーグを作る。

 それがなんだか幸せだった。


 ***


 二人で出来上がったハンバーグをテーブルに並べた。


「美味しそう!いや、絶対美味しい!」

「七海さんも一緒に作ってくれたんで、美味しいですよきっと」


 私はただ形を作ってただけ……。


 二人で一口目を食べた。


「美味しい!勇凛くん天才!」

「いや、このくらい普通ですよ」

「そんなことないよ!私まともに作れないし」

「これからは俺が作るから大丈夫ですよ。心配しなくても」


 ハンバーグが喉に詰まりそうになった。

 まだ付き合いたてみたいな気持ちなのに、夫婦だという現実が、感情の処理を難しくする。

 二人でハンバーグを食べて、ご馳走様をしたあと、勇凛くんは帰ろうとした。


「明日は大学とバイトなので迎えに行けないんですが、何かあったら行ってください」

「うん、ありがとう。気をつけてね」


 そう言った瞬間、目の前の景色が歪んで視界が狭くなった。


「七海さん!」


 倒れそうになった時、勇凛くんに腕を掴まれて、そのまま二人で倒れ込んでしまった。

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