第7話
電話スペースに行って、電話をかけた。
『もしもし』
「姉ちゃん、どうしよう、私やらかした」
電話したのは姉である。
私の唯一相談できる相手。
『どうしたの?』
姉の反応が怖い。
でも言わないと。
「私、結婚しちゃったの。知り合ったばかりの男の子と」
『……は?』
当然の反応である。
「居酒屋のバイトの男の子なんだけど、その子に付き合ってほしいって言われて、そしたら次の日に酔った勢いで婚姻届だしちゃって」
『あんた何も覚えてないの?』
「うん」
『信じられない……。どうするのよこれから』
「出したのが金曜日の夜中だから、月曜日に役所行って相談してみる」
『それしかないね。取り消せるといいね。』
そのとき、勇凛くんのことが頭によぎった。
私との未来を真剣に考えているのに、私が勝手に何もなかったかのようにしようとしていることに罪悪感があった。
『どんな子なの?』
「優しくて、真面目な子だよ。結婚前提にならいいよって言ったら婚姻届持ってきたの……」
『……なんかすごいね。そこまでするんだ。でも、それだけ真剣だったんだね』
「うん」
『仮にうまくいかなかったとしても、別れられない訳じゃないからさ。バツつくけど。』
「どうしよう、名前も変わるし、色々名義変更しないといけないし、お母さんたちにも、会社にも言わないといけないし」
『でももうあんた三十なんだし、結婚自体は普通のことだけどね。相手の子が学生ってのがひっかかるけど』
「あの子の親に会うのが怖い……」
『……まあ、それはわからない。私なら、子供が幸せならそれでいいわ』
「うん」
『あんたはその子のことどう思ってるの?』
「よくわからない。でも、そこまで嫌じゃない。婚姻届出してなくても、付き合ってみたと思う」
『なら安心した。どうでもいい子ならともかく、あんたも気持ちあるなら』
電話の向こうで子供同士の喧嘩の声が聞こえた。
『ちび達喧嘩しだしたから切るわ。今度その子紹介してよ』
「わかった」
通話が切れた。
姉ちゃんと話せてよかった。
少しだけ冷静に考えられた。
あの子との未来を。
***
姉ちゃんとの電話が終わって病室に戻ると、すぐに夕食が運ばれてきた。
病院のバランスいいご飯を食べて、自分に欠けていたものがわかる。
食べ終わったあと、勇凛くんの買ってきてくれたまちがい探しをしながら物思いに耽っていると、カーテンが開いた。
看護師だった。
「川崎さんどうですか?」
「少し回復した気がします。もう大丈夫です」
「退院しても無理しちゃダメですよ。旦那さんすごい心配してたんですから」
旦那さん……。
違和感しかない。
「最初、彼氏さんかと思ってたのに、夫ですって言われてびっくりしました」
看護師が笑っている。
「旦那さんのためにも、川崎さんが元気でないと」
「はい、そうですね……」
勇凛くんに、これ以上心配かけたくないと思った。
「明日の血液検査の結果が問題なければ、明日か明後日には退院できると思いますよ」
そう言って看護師は去った。
ああ、やっと現実に戻れる……。
──と思っていたのに。
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