第6話

 目を開けたら、いつの間にか陽が傾いていた。

 ふと横を見ると、勇凛くんがベッドの脇の椅子に座ってうたた寝している。

 綺麗な顔。

 勇凛くんは心も綺麗だ。


 社畜人生が始まってから、何もかもが澱んで見えていた。

 勇凛くんは、純粋で優しくて真っ直ぐで、私の澱んだ世界を照らす希少種……。


 見惚れていると、勇凛くんが目を覚ました。


「あ、すみません。つい寝てしまいました」


 焦って慌てている。


「あの、これ買ってきたんです」


 勇凛くんはコンビニの袋から雑誌を取り出した。

 かわいいイラストが書いてある雑誌。


「え、まちがいさがし?」

「はい、これ景品も当たるんですよ」


 勇凛くんがページを開いた。

 いくつか鉛筆で丸がしてある。


「なかなか見つからないんですよね……」


 真剣な顔をして見ている。

 思わず吹き出してしまった。


「え、何か変なことしましたか?」


 勇凛くんは戸惑っている。


「勇凛くんと、まちがいさがしの組み合わせがツボに……」


 少し照れている勇凛くんを見て、ああ、悪くないかも、と思ってしまった。


「七海さんもやってみてください」


 まちがいさがしを押し付けられた。


「うーん……間違い11個……」


 ・・・。

 なぜか一つだけ見つからない。


「え、どう見ても全く同じにしか見えないんだけど」

「そうなんですよ、全然見つからないんです」


 そのあと、面会時間ギリギリまで勇凛くんとまちがい探しに勤しんでいた。


「もう時間ですね」

「あ、もうそんな時間なんだ。勇凛くんありがとう」

「……嬉しいです」

「なにが?」

「こうやって一緒に何かに没頭できるって」

「そうだね……」


 勇凛くんの反応が初々しい。

 別に私が初めての彼女とかではないのに。


 彼女……ではない。

 妻(仮)なんだ。

 この子はこの前知り合ったばかりの大学生の男の子、なんだけど、私の夫(仮)であって、なんだか複雑。


「七海さんとなら、うまくやっていけると思うんです。これからずっと」


 ずっと──


 この子との未来は全く想像できないけど、もし婚姻届が受理されてしまったら、現実とこの子に真剣に向き合わないといけない。

 勇凛くんは真剣なんだから、尚更。


 ただ付き合ってるなら別れるのは簡単。

 でも、結婚していたら容易ではない。

 ただの恋愛では済まない。


「じゃあ、明日また来ます。」

「……うん」

「七海さんゆっくり休んでくださいね」


 勇凛くんの穏やかな笑顔。

 なんの計算もない。


「じゃあ」


 爽やかな青年は、去っていった。


 非現実的な状況。

 私のことよりも、勇凛くんの未来を奪ってしまったような感覚に陥いる。

 私は意を決して相談することにした。

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