第5話
医師と看護師が去った後、ベッドの中で放心状態だった。
勇凛くんは俯いている。
「すみません、俺、全然七海さんのこと知らなくて……そんなに仕事頑張ってたんですね」
そりゃそうだ。
だってこの子と出会ったのは二日前。
初対面に等しい。
私も勇凛くんのことをほとんど知らない。
「俺、もっと七海さんのこと知りたいです」
勇凛くんの真っ直ぐな眼差し。
この子は私に単に興味があるとかじゃなくて、本気で私と向き合おうとしているのか。
ぐっと胸に何かが込み上げてきた。
「心配してくれてありがとう。これから気をつけるから」
エナドリやめよう……。
「俺、夫としてちゃんと支えます」
夫……。
「あ!!」
勇凛くんは驚いて跳ねた。
「どうしたんですか?」
「あ……役所に電話しなくちゃ」
「何でですか?」
「今ならまだ間に合うかも!」
私は点滴をつけたまま、電話スペースまで移動した。
勇凛くんもついてきてる。
私は市役所に電話をかけた。
数回の呼び出し音の後、低い声の警備員が出る。
「こちら守衛室ですが、何かご用ですか?」
「昨夜、婚姻届を提出した者です! まだ受理されてないですよね? 取り下げたいんです!」
警備員は淡々と答える。
「こちらは届書を受け取るだけですので、改めて月曜に連絡してください。土曜は担当者がおりませんので」
そんな……。
どうしよう、酔った勢いでなんて事を。
「後悔してますか……?」
勇凛くんの声が低く落ちる。
「うん。だって、ちゃんと気持ちを確かめ合ったわけじゃない。酔った勢いだし」
涙が出そうになった。
「俺は後悔してません」
一貫して、勇凛くんはこの状況を冷静に捉えている。
そして、私への気持ちも多分本物だ。
勇凛くんは、恐る恐る私に手を伸ばした。
気がついたら、勇凛くんの腕の中にいた。
「俺が七海さんを助けます」
二十二歳の大学生の男の子。
よく知らないまま結婚してしまった。
──でも
なんでこの手を振り払えないんだろう。
勇凛くんに抱きしめられること数分。
勇凛くんは、暖かくて優しくていい匂いがした。
陽だまりにいるようだ。
「勇凛くん、ありがとう。勇凛くんの本気、ちゃんと受け取ったよ」
無自覚で婚姻届を出してしまい、勇凛くんも不安かもしれない。
「じゃあ、俺とのこと真剣に考えてくれますか?」
優しい声が耳元に響く。
「うん」
勇凛くんの胸の鼓動が早い。
緊張していることがわかる。
この子が本気なのは十分伝わった。
その時、人が通りかかった。
慌てて私たちは離れた。
「勇凛くん、もう帰っていいよ。私は大丈夫だから」
「いえ、面会時間ギリギリまで一緒にいます」
勇凛くんの優しさに胸を打たれる。
こんな素敵な男の子だから、もっと相応しい女の子と一緒にいるべきだと思うんだけど──
確定ではないにしても、結婚してしまった。
勇凛くんはそのつもりでいる。
どうしようこれから……。
まず月曜日にすぐに市役所に行かないと。
悶々と考えながら勇凛くんと病室に戻る。
「退屈じゃないですか?何か本とか買ってきますか?」
「えーと、じゃあ勇凛くんセレクトで」
「わかりました」
無邪気な笑顔。
かわいい……。
勇凛くんが病室を去った後、ベッドに横になって少しだけ目を閉じた。
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