第3話

 朝起きて、昨日のことが夢なんじゃないかと思った。

 でも、スマホを見たら、しっかり名前とトークがある。


 現実だった。

 どうしよう……


 私は急いで着替えた。


 もしかしたら彼の気持ちが変わってるかもしれない。

 そんな望みをかけて家を出た。


 ***


 職場に着くと、重くのしかかる現実。

 育休中の先輩に続き、産休に入った後輩、穴埋めに入った派遣社員は仕事が遅い。


「矢野さん、さっき渡した資料、入力終わった?」


 派遣社員の若い女の子は、のんびりとキーボードを打っている、


「あ、まだです。もう直ぐ終わります」


 私がやれば十分で終わる。

 でもそこまで手が回らない。


 気分を切り替えるために、自販機でエナドリを買って一気飲みした。


「うわ、それやめた方がいいよ」


 振り返ると、同じ部署の森川さんだった。

 私の二個上の先輩で、仕事ができて、会社の評価もよくて、割とイケメンである。


「お疲れ様です」


 私が呟くと、森川さんは缶コーヒーを買って私の隣に立った。


「カフェイン中毒になるよ」

「……でも飲まないと頭冴えないんですよ」

「川崎さん毎日遅くまで残ってるもんね」


 森川さんはコーヒーを飲み干すと、「無理しないでね」と言って去っていった。


 無理しないと終わらないんだよ……。

 心の中で呟いた。


 ***


 案の定、今日も残業。

 派遣社員は大して仕事もせずに帰る。

 これ以上人件費を出せないからと補充はなし。

 上司は私の教え方が悪いと言う。


「もう無理かも……」


 スマホで転職サイトを開いた。


 その時、メッセージの通知がきた。

 勇凛くんからだった。


『お疲れ様です。仕事どうですか?』


 はて。

 そういえば昨日、また会う約束をしてたような……。

 でも、今日も遅い。

 また今度にしてもらおう。


『ごめん。今日は無理かも』


 するとすぐ返信がきた。


『待ってます。昨日二人で話した場所で』


 このままフェードアウトしようと思ったのに、昨日の彼の真剣な顔を思い出すと、できなかった。


 ──午後10時


 やっと仕事が終わって、私は急いで会社を出た。

 そして昨日、2人で話した場所に向かった。

 大通りの雑居ビルの前。

 そこに行くと、勇凛君が立っていた。


「待たせてごめんね」

「いえ、仕事、お疲れ様です」


 寒い中、かなり待たせてしまった。


「あの……待たせたお詫びにご飯行かない?」


 こんな時間にする提案ではないのは重々承知してるが、思いつくのはそんなことだった。


「はい!」


 勇凛くんの爽やかスマイル。

 癒される……。

 母性本能を刺激してくる。


 そのあと、近くにある飲み屋に行った。

 少しだけご飯を食べて帰るはずだった。


 しかし、一杯だけなら──


 私は気が緩んだ。


 ***


 鳥の囀りが聞こえる。

 朝か。


 ゆっくり起き上がると──

 全然知らない場所にいた。


「なに、ここ……」


 ワンルームの部屋。

 シンプルな家具。

 私は黒いシーツのベッドで寝ていたようだった。


 寝息が聞こえる。


 ふと床を見ると──

 勇凛君が寝ていた。


「え!?」


 思わず叫んでしまった。

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