第2話

 駅までの道をバイト君と歩く。


「仕事ってどうですか?」


 唐突に聞かれて返事に困る。


「大変ですね……。会社や職種で違うけど、私は忙しい場所にいて。プライベートな時間削られてますね」


 バイト君は俯いてる。


「俺、来年から社会人なんです。うまくやっていけるか不安で」


 すると、学生なのもあと数ヶ月か。


「今のうちに沢山遊びなよ」


 そのうち友達と会える日も減っていく。

 私がそうだ。皆疎遠。

 会おうとすると予定が合わない。


「そうですね。ただ──」


 バイト君は立ち止まった。


「本気の恋がしたいです」

「え?」


 真剣な顔だった。


「え、君モテそうだけど、今までどうだったの?」

「それなりに女の子とは付き合ってきました。でも、本気で好きになった子はいないかもしれません」

「急がなくても、社会人になってからも出会いは沢山あるし、君ならすぐにいい人見つけられるよ」


「……見つけたんです」

「え?」

「俺、あなたと本気で恋がしたいです」


 恋──


 そんな感情、どこかへ置いてきた。


「私三十路なの。君みたいな若い男の子と遊んでる余裕ないんだ。仕事も忙しいし」


 こんなビジュアル最高な子と恋愛してみたかった。

 もっと若ければ。

 時間が経過すれば、私は老けて、この子は年相応の子と恋愛をしたくなるだろう。

 そんなの惨めだし、時間の無駄だ。


「じゃあ、さようなら」


 私はその場を去ろうとした。

 その時腕を掴まれた。


「待ってください!俺は本気です!」


 振り返って見た彼の目は真剣だった。


「なんで私なの?さっき初めて会ったばかりじゃん」

「ビビッときたんです。この人だって」


 ビビッと……?

 たしか姉ちゃんも旦那さんと結婚する前にそんなこと言ってたな。

 なんだ、ビビッとって。


「君来年から社会人ってことは、二十二歳くらいでしょ?年の差八歳。現実的に見て、無理があるよ」

「年齢とか関係ないですよ」


 彼が掴んだ私の腕に力が入る。


「関係あるよ。君は今しか見えてない」


 バイト君は俯いている。

 早く手を離してくれ。


「どうすれば俺を受け入れてくれますか……」


 まだ粘る。


「君が私と結婚することを前提になら考えてあげるよ」


 バイト君は私を見据えた。


「わかりました」


 考え直させようとしたのに引かない。


「俺の本気、証明します」

「え?」


 バイト君はスマホを取り出した。


「連絡先教えてください。明日また会いましょう」


 どういうこと?

 なんなの?


「明日ちゃんとしますから」


 何を?


「……わかったよ、連絡先くらいなら交換してあげるよ」


 折れてしまった。


「ありがとうございます。待ち合わせについてまた連絡します」

「う、うん」


 何が起こるんだいったい!


「名前教えてください」

「……川崎七海なみだよ」


 バイト君はスマホに入力している。


「あの……君の名前は?」


 流石にバイト君とは呼べない。


「林勇凛ゆうりです」


 勇凛君か……。


「じゃあ、明日私早いからもう帰るね」


「家まで送りますよ」

「いや、いいって!君も早く帰りな」


 私はそのあと全速力で走った。

 地下鉄の駅に向かって。


 あんな冗談か本気かわからない言葉に動揺して、三十路社畜女が情けない。

 しっかりしろ私!

 地下鉄の改札を出て、ホームに降りて、来た電車に飛び乗った。


 真っ暗な地下鉄の窓の外。

 地上に出た時に、月が見えた。

 丸い月。

 満月だろうか。


 その時、スマホに通知がきた。


『勇凛です。突然驚かせてすみませんでした。でも俺は本気です。明日また話しましょう』


 どうしよう……。


 満月を見上げながら、彼の顔を思い出していた。

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