「可能性」の卵
霜桜 雪奈
「可能性」の卵
誰もが「可能性」という卵を持っている。
それは比喩でもなんでもなく、ただの事実の話だ。
卵はあらゆる可能性を内包しており、あらゆるものになることができる。
誰もが「可能性」という卵を、生まれながらにして持っている。
長いようで短い人生の中で、人々は卵を育てることに心血を注ぐ。
卵を孵化させることができれば、一人前として社会に認められるからだ。
卵から生まれるものは、人によって違う。それは才能であったり、社会的地位であったりする。卵に内包されていた可能性が、孵化することで確定し、発現する。
ある意味では、社会から認められてこそ、卵は孵化すると考えても良いだろう。だからこそ、というべきか。卵が孵化するタイミングに、年齢は関係ない。
幼いながら画期的な発明をする人もいれば、晩年になって頭角を現す人だっている。それ故に、卵を孵化できていない人が、未成熟を理由に揶揄されることはない。卵を孵化させていない人は、まだ何者でもなく、同時に何者にでもなれる可能性を秘めているからだ。
もちろん、馬鹿にする人はいる。小さなミスを「お前は未成熟だから」と言われることもある。だがその言葉に、誰かが「可能性をつぶすな」と庇護してくれる。
卵を持つものは差別されず、守るべき存在である。それは社会全体の共通認識だ。
だが、偏見は存在する。
卵には色がある。一般的な卵の色は、白や茶色だ。しかし、それ以外にも様々な色がある。有名なところだと金の卵だろう。金の卵を持つ者たちは、才能に恵まれた人たちであることが多く、教科書に名を遺す偉人たちの卵も金であったとされている。
色がどういう風に偏見に関与するのか。
例えとして挙げるのなら、黄色の卵は金に色が近いから才能がある、という偏見がある。色についての偏見は、基本的にその色に対する一般的な印象に即したような理由で行われる。黒い卵は不吉だとか、橙色の卵の子は優しい子になるだとか。
昨今では、卵の色は血液型診断のような、人の性格を推し量る物差しとして使われることが多い。
じゃあ、もし、誰も知らないような色だったら。
もしくは、形容しがたい色だとしたら。
それが、僕の卵の色だった。
僕はこの卵の色を知らない。これが色と呼べるのかすら、僕にはわからない。
周囲の人もそれは同じで。ただ一言言えることは、これが「珍しい」色であることだけだ。
珍しい。
それは良いことであり、悪いことである。
少なくとも、僕にとっては悪いことだった。
既定の枠組みから逸脱している僕は、珍しいがゆえに好奇と期待の眼差しを向けられることになる。
「今までにないってことは、きっとすごいことなんだろう」
「歴史に名を遺す……それどころか、世界を変える人になるかもしれない」
前例がないという基盤の上に成り立つ、期待と理想による夢物語。親や友達、先生など、周りのありとあらゆる人に、僕は将来大成するという期待を寄せられた。サインを求めてくる人さえいた。
卵を持つ者は庇護するべきという社会的風潮が、少なくとも僕は重圧で、生きづらいものに感じられてならない。庇護という大義名分のもとに行われる監視から、僕は逃れたかった。
いっそ、卵を割ってしまおうかと考えたことがある。社会に認められてこそ、卵は孵化する。そう考えた場合、きっと僕の卵は生まれた時点で孵化するはずだ。
でも。
じゃあ、もし。
周りの期待にこたえられなかったら。
一般人よりも劣っていたら。
今ある好奇も期待もすべて、銃口に変わってしまうかもしれない。
お膳立てされた挙句、乗っていたはずのお立ち台が処刑台になるかもしれない。
そうなったら僕は。
果たして僕は、僕でいられるだろうか。
いや、無理だ。
――だから、割らない。
卵が卵のままなら。未来が確定せず、永遠に可能性のままだったら。
僕はまだ、失敗していない。
ふと、手のひらの上にある卵を眺める。
今手の中にある卵は「白色」だ。
指でつまんで、太陽に透かしてみる。
卵の色は少し薄くなり、塗装で隠れたヒビと中になる何かが確かな影となって僕の眼に届く。
こればかりは、上からいくら塗っても誤魔化せない。
「まだ、卵割れないんだ」
「君は大器晩成なんだろうね」
まだ卵が孵らない僕に送られる、庇護する言葉、期待する言葉。
それが僕ではなく、卵に対して行われていることを、僕は心のどこかで理解している。思い返すだけでも、心が締め付けられる思いだ。
やめてくれ。いくら期待したって、僕もこいつもそれには答えられない。
不意に、卵にヒビが入る。
慌てて卵を顔の前まで下ろして、ヒビが入った箇所を指でなぞる。
良かった、まだ割れてない。
「可能性」の卵 霜桜 雪奈 @Nix-0420
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