第三章:断絶の儀式

【ブログ記事アーカイブ】 記事タイトル:【緊急】祖母の聖地へ巡礼します、あるいは「男」を教育するスタディツアー投稿日:202X年7月15日タグ:#聖地巡礼 #シスターフッド #エンパワーメント #男教育 #JFK


ついに、この日が来た。 祖母が晩年を過ごし、理想郷を築いた場所。「紫のコミューン」での追悼集会が開かれる。 招待状が届いた時、手が震えた。 母さんは「あそこはカルトよ! 絶対に行っちゃダメ!」とヒステリーを起こして、招待状を破り捨てようとした。 本当に浅はかだ。母さんは、自分が「家父長制の檻」から出たくないだけなのに、それを「娘への愛」だと思い込んでいる。 「一人では行かせない」と泣きつかれたから、妥協案を出してあげた。


「じゃあ、翔太を連れて行くわ。あいつにとってもいい勉強になるでしょ」


母さんは絶句していたけれど、反論できなかった。 翔太は「えー、俺明日デートなんだけど」とか言っていたけれど、私が一睨みしたら黙った。 デート? 笑わせないで。 無自覚な加害者が、また一人、無知な少女を搾取しようとしているのを未然に防いだんだから、私は感謝されるべきだ。


というわけで、今、翔太の運転で山奥へ向かっている。 車内は、私の独壇場だ。 助手席から、翔太に「構造的暴力」についてレクチャーしてあげている。 「いい? あんたが普段何気なく見ているポルノも、コンビニのエロ本も、全部女性をモノ化する装置なの。あんたはその恩恵を受けて、のうのうと生きているわけ」 翔太は「はい……すいません……」と小さくなっている。 その縮こまった肩。怯えた目。 ああ、なんて「教育的」な光景だろう。


祖母のノートにはこうある。


「言葉は鞭である。無知な背中に振り下ろし、肉を裂き、そこに真実を刻み込め」


私は今、言葉の鞭を振るっている。 翔太がハンドルを握る手が震えているのが分かる。 怖い? 当然よ。あんたが今まで女性たちに与えてきた恐怖を、今あんたが味わっているだけなんだから。


山道に入ってから、空気が変わった気がする。 街の澱んだ空気が消えて、濃密で、むせ返るような緑の匂いがする。 これが「聖域」の空気か。 ガードレールに、紫色のリボンが結び付けられているのが見える。 一つ、また一つ。 まるで私たちを歓迎するように、リボンの数が増えていく。


テンションが上がってきた。 思考がスパークする。言葉が溢れて止まらない。 「翔太、窓を開けなさい! この風を感じるのよ!」 私はシートベルトを外し、窓から身を乗り出した。 風が顔を叩く。最高に気持ちいい。 私は自由だ。 母さんの呪縛も、社会の鎖も、今ここにはない。


「構造を解体せよ!!」


私は叫んだ。風の音に負けないように。 翔太が「姉ちゃん、危ないよ! 引っ込んで!」と叫んでいる。 うるさい、指図するな。 お前はただの運転手だ。私という「革命」を運ぶための、ただの足だ。


前方に見える。 道の脇に、何か看板のようなものが立っている。 あれは……祖母たちのスローガンだろうか? もっとよく見たい。 もっと前へ。もっと外へ。 この風の向こうに、私が王になる未来が待っている──


【県警・交通事故実況見分調書(抜粋)】


発生日時:202X年7月15日 午後3時45分頃発生場所:県道◯◯号線(通称:旧・女人高野林道)事故概要: 単独事故。普通乗用車が路肩の電柱および私設看板の支柱に接触し、停車したもの。 運転手(弟・18歳)に大きな外傷なし。呼気よりアルコールは検出されず。 助手席同乗者(姉・23歳)は死亡。


特記事項: 同乗者は走行中、助手席窓より上半身を大きく乗り出していたと見られる。 車両が道路左側の路肩に設置された木製看板の支柱に接触した際、同乗者の頭部が支柱と衝突。 その衝撃により、同乗者の頭部は頸部より切断された。


頭部は車内には残っておらず、事故現場より約5メートル後方の草むらで発見された。 切断面は鋭利ではないが、速度による衝撃で引きちぎられた形状を呈している。


なお、接触した看板には、紫色のペンキで以下のような文言が手書きされていた。


『ここから先、男性の侵入を禁ず(女性専用区画)』


運転手の供述は支離滅裂であり、「姉が急にハンドルを掴んだ」「道路の真ん中に黒い服の老婆が立っていた」「看板が動いた」などと証言しているが、ドライブレコーダーの映像には該当する人物や現象は記録されていなかった。 ただし、事故直前の音声記録には、同乗者の叫び声と、運転手の制止する声に加え、第三者のものと思われる低いノイズ(唸り声のような音)が混入しており、現在解析中である。


現場付近には、事故発生直後から近隣住民と思われる女性数名が集まっていたが、救護活動を行う様子はなく、遠巻きに事故車両を凝視していたとの目撃情報あり。


【追記:弟・翔太のスマホのボイスメモ(事故当夜)】


(激しい呼吸音。衣擦れの音。布団の中に潜って録音していると思われる)


……姉ちゃんの首が……飛んだ。 俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。 姉ちゃんが、窓から……。 いきなりハンドルが重くなったんだ。誰かに掴まれたみたいに、グイッて。 避けられなかった。あんなの無理だよ。


(嗚咽)


血が……俺の服に、全部かかった。 熱かった。 姉ちゃんの身体が、ビクビクって動いてて。 隣を見たら、首がないんだ。首がないのに、指が俺の方を指差してた。


俺のせいだ。俺が殺した。 いや、違う。あの看板。 あそこに、誰かいた。看板の陰に。 お婆ちゃんみたいな人が、笑ってた。 「ようやく空いたね」って言ったんだ。


(長い沈黙)


……なんか、聞こえる。 頭の中で、音がする。 姉ちゃんの声だ。 いや、姉ちゃんじゃない。もっと低い、お祖母ちゃんの声? 違う、男の声も混ざってる。 『入れ』って言ってる。 『そこなら入れる』って。


(ドンドン、と頭を叩く音)


出ていけ。俺の中に入ってくるな。 俺はただの運転手だ。俺は何もしらない。 許してください。ごめんなさい。僕は男です。汚い男です。 だから入ってこないで。 姉ちゃん、助けて。 ……うわあ、姉ちゃんの声が一番うるさい。 『その身体を寄越せ』って、叫んでる。


(録音終了)

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