第十四章:ミント色の開花

卒業式当日。体育館の中は独特の空気で満ちていた。

正面には壇上、左右には保護者たち。

桜の枝が窓から差し込む光に揺れ、誰もがそれぞれの門出に少しだけ緊張している。

ロミアは制服のリボンをきちんと結び、静かな顔で並んでいた。

ミントグリーンのサイドテールには、あの蝶の飾りはもうない。

でも彼女の目は、以前よりもずっと澄んでいる気がした。



式が終わって校舎を出ると、クラスの連中が最後の写真を撮ったり、担任と握手を交わしている。

ロミアも輪の中にいたが、やはりどこか異質だった。

誰より明るいはずの彼女が、今日は控えめに、穏やかな笑顔だけを浮かべている。



俺が近づくと、ロミアが小さく手を振る。


「○○くん、こっち!」その声は前より柔らかく、空気に溶け込むようだった。


「卒業だな。どうだ、今の気分は」


「んー……なんか、不思議。全然泣く気がしないの。

 前だったら絶対、みんなの前で大号泣してたのに。ロミア、もう昔のロミアじゃないかも」


「そうだな。無理して泣く必要なんてないよ」


「うん。でもさ……なんか、やっとちゃんと“終われた”気がするんだ。

 演技も、見せかけの“元気”も、今日で全部、おしまい。

 これからは……ロミア、“本当のロミア”で生きていくんだよ」


「それが一番だと思う」


彼女は小さく息を吐き、俺の手を取る。

その手は、今まで握ったどんな時よりも温かかった。


「ね、○○くん。……ロミア、ずっと不安だった。

 みんなに好かれなきゃ、誰にも褒めてもらえなきゃ、ここにいちゃいけないって思ってた。

 でも、○○くんがそばにいてくれて、何回も泣き喚いて、全部ぶつけて──

 それでも一緒にいてくれたから、やっと“自分”でいられるようになったの」


「俺も、ロミアに全部さらけ出してもらえて、嬉しかったよ」


「……ありがとう」


ロミアは少しだけ涙ぐんだ。

でもそれは前みたいな“わざと”の涙じゃない。

純粋な、ほんの少しの安堵と、ちょっとした寂しさが混ざった、本物の涙だった。


俺は、彼女のサイドテールに手を伸ばす。


「もう、この髪、ずっとこうしていくの?」


「うーん……今日は特別。でもね、○○くんが結んでくれたら、何回でもおそろいにしてもいいよ」


俺はそっとサイドテールを結び直す。飾りはなくても、これが今のロミアの“証明”だと思えた。


「卒業したらさ、何がしたい?」


「んー……普通にデートしたい。普通に、街を歩いて、普通にアイス食べて、普通にケンカして。

 ロミア、“普通”ってよく分かんないけど、○○くんと一緒なら、どんな毎日でもちゃんと笑えると思う」


「じゃあ、その“普通”を一緒に探しに行こう」


「うん!」


気づけば周りの友人たちも、親たちも遠くで手を振っていた。

誰も、ロミアを無理に褒めたりしない。

誰も、俺たちを特別扱いしない。ただ、春の空気が新しい未来を連れてきてくれている。それが嬉しい。


俺はロミアの手を強く握る。



「ロミア、これからも一緒にいてくれるか?」


「当たり前でしょ?ロミアは、○○くんの特別なんだから!」



彼女の笑顔は、誰かに“見せるため”じゃない。本当に心から嬉しそうで、俺だけに向けられたものだ。

あざとさも、演技も、全部脱ぎ捨てて、いちばん近い距離で──素直なロミアがいる。


「これからはもう、○○くんのそばで、何も飾らずに生きていく。……それでいい?」


「もちろんだよ」


式のあと、校庭の隅で二人だけの写真を撮った。

桜の花びらがひらひらと舞うなか、ロミアは俺の腕にしっかりと抱きついた。

やっぱりちょっとだけウザいけど、それも俺の特別の証拠だ。



「なあ、ロミア。卒業、おめでとう」


「うん!○○くんも、おめでとう!」



新しい春、新しい自分、新しい二人のスタート。



~~~



卒業から数年、大学でロミアと一緒に過ごす日々が続いた。

最初はロミアの不安がまだ残ってて、時々大泣きする夜もあったけど、少しずつ穏やかになっていった。

社会人になってからも、二人で小さなアパートに住み始めて、日常の小さな幸せを積み重ねてる



俺はもう、何も怖くない。ロミアが隣にいて、ロミアが自分自身でいてくれるなら、それだけで十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る