第十二章:サナギの繭、呼吸
ロミアが「頑張らなくていい?」と問いかける日が増えた。
放課後、静かな図書室の隅、俺の隣にロミアが座る。
以前ならすぐに手を振ったり、膝の上に乗る勢いで距離を詰めてきたのに、今日はただ、そっと俺のシャツの裾を摘むだけ。
「ねえ、○○くん。……ロミア、今日、うまく笑えなかったかも」
ロミアのサイドテールは、いつものピンと跳ねた形じゃなくて、少しだけゆるく、毛先が肩に落ちていた。
蝶の飾りも、机の上でくるくる転がしている。
あれだけ誇らしげに結んでいたのに、今はお守りみたいに無造作に手のひらに握っている。
「無理に笑わなくてもいいよ。今のままで十分だろ」
そう言った俺に、ロミアは小さく頷いた。
目元にうっすら涙が浮かぶけど、拗ねたり誤魔化したりしない。まっすぐ、素のままの顔だ。
「……ロミアね、今まで“頑張って元気な自分”しか、みんなに見せてこなかったからさ。
静かにしてると、置いていかれる気がしちゃうの。
……でも、○○くんがいてくれるなら、ちょっとだけ休んでもいいかなって」
その声は、今まで聞いたどんなロミアの声よりも小さくて弱かった。
でも、俺にはそれが一番“強い”と思えた。
教室でも、ロミアはだんだん“おとなしい”日が増える。
「ロミア、最近元気ない?」と誰かが聞けば、「ううん、今はこれでいいの」とだけ笑う。
大騒ぎしてた頃のロミアを知る友達は少し心配そうだが、俺は何も言わない。
必要な時は、ロミアが自分で戻ってくる。そう信じられるようになった。
~~~
放課後の帰り道、ロミアは俺の腕に小さくしがみついた。
以前みたいな「見て見て!」じゃなくて、本当に“支え”を求めているような優しい重み。
「○○くん、ロミアね……最近、いろんな感情がぐちゃぐちゃで、うまく言葉にできないの。
すぐ不安になるし、寂しくなって、また泣きたくなっちゃう。でも、ロミア、それでもいいのかな」
「いいに決まってるだろ。泣きたいなら泣けばいい。
無理に元気出さなくていい。ロミアは、ロミアのままでいればいいよ」
「……そう?ほんとに?」
「ほんとだよ。俺は、どんなロミアでも好きだから」
ロミアはぎゅっと腕を抱きしめ、顔をうずめる。
肩が小さく震えて、鼻をすする音が聞こえた。
でも、そのあとは深呼吸して、「よしっ」って自分に言い聞かせるみたいに顔を上げる。
「じゃあ今日は……ロミア、静かに○○くんの横にいるね。
何もしない。ただ隣にいるだけ。……それでもいい?」
「もちろん」
~~~
家に帰るときも、LINEのやりとりでも、ロミアは少しだけ口数が減った。
「おやすみ」のスタンプも、ハートが10個連なってたのが、今はシンプルな顔文字ひとつ。
でも、その裏には“信じていい”という、弱くて温かい気持ちが見える。
ある日、ロミアがサイドテールをほどいて、髪を下ろして学校に来た。
周りの子たちが「イメチェン?」「かわいいじゃん」と騒ぐ中、ロミアは照れくさそうに下を向いていた。
「ロミア、髪どうしたんだ?」
「うーん……今日はね、“頑張らないロミア”の日だから。蝶のシュシュも、お休みさせてあげたの」
「そっか。でも、すごく似合ってる」
「……ありがと。○○くんがそう言ってくれるなら、それだけでいいや」
ロミアの声は震えていたけど、その笑顔には、今までにない自然さがあった。
どこか“守られてる”ことを受け入れた人の、柔らかい安心が滲んでいた。
図書室、ベンチ、屋上、いろんな場所でただ“並んで座る”ことが増えた。
言葉は少ない。
でも、沈黙が怖くなくなった。
そのうち、ロミアは俺に「今、嬉しい」とか「今日は不安」とか、小さな気持ちを言葉で伝えてくれるようになった。
「○○くん、今日も隣にいてくれてありがとう。……ロミア、ちゃんと甘えてもいい?」
「うん。いつでも、どれだけでも」
ロミアは、ゆっくり、静かに、少しずつ「休む」ことを覚えていった。
以前の賑やかさがゼロになったわけじゃない。
たまに大きな声で笑い、大きく泣き、またそっと静かになる。
それを繰り返しながら、「そのままの自分」で過ごす時間が増えていった。
俺もまた、「変わっていくロミア」を隣で見ているのが、どんどん心地よくなっていった。
サイドテールの蝶のシュシュは、ロミアの机の引き出しで静かに眠っている。
ロミアは、もう“飛び回らなくていい”日々の重さと静けさを、初めて素直に受け入れ始めていた。
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