第十一章:蕾の休息、黄金の夕暮れ

昼休み。


ロミアは俺の席のすぐ横、机の角に肘をついて座っていた。


幼馴染の件以来、周囲もロミアの過剰な執着ぶりをよく知るようになった。


誰かが近づくと、ロミアは素早く俺の袖を掴み、わざとらしい笑顔で「ロミアの○○くんなんだからね!」と宣言する。

そんな彼女の様子に、クラスの連中もだんだん慣れてきたのか、距離を取るか、時々からかうくらいだ。 



でも俺には、ロミアの本音が、あの涙と叫びの夜から、どこか見えるようになっていた。

無理に明るく笑うときほど、ロミアの頬がぎこちなく引きつるのがわかる。 



放課後。俺たちは学校から少し離れた郊外の小さなカフェに来ていた。


今日のロミアは、いつもの弾けるようなハイテンションではなく、俺の隣でミントティーをちびちび飲んでいる。

サイドテールの蝶の飾りは、今日はあえて外してきたらしい。 


「ねえ、○○くんさ……ロミア、ここじゃ、ちゃんと落ち着いてる?」


唐突に聞かれた。

その声は弱々しく、目元の笑顔が少し揺れていた。 


「ああ、頑張ってたよ」

俺がそう答えると、ロミアの目がキラリと輝いた。

でも、その奥に潜むのは安堵だけじゃない。不安と怖さが渦巻いているのが分かった。 


「ロミア、ね……ロミア、すごく疲れちゃった」


弱々しい声。俺だけに見せる“素”のロミアがそこにあった。 


「だって、頑張らないと誰も見てくれないもん……。

 ○○くんは、ロミアが泣いたり怒ったりしても、嫌いにならない?」 


「嫌いになんか、ならない」 


ロミアは唇を噛んで、今にも泣きそうな顔になる。


「ロミア、迷惑でしょ?重いし、しつこいし、泣き虫だし……」 


「嫌いにならないって」 


俺はロミアの涙を見ながら、自分の心を振り返った。

最初はうざくて怖かったのに、今は違う。

この子の全部が、俺の空っぽを埋めてくれるみたいだ。

ロミアの泣き顔さえ、愛おしいと思えるようになった。 


「ロミア、お前のそういうところも、嘘じゃないだろ。

 泣いても、怒っても、全部お前だ。無理に笑うことないんだよ」 


その瞬間、ロミアの顔が崩れた。涙が一粒、頬を伝って落ちる。 


「……本当に? 本当に、いいの?」 


「いいよ。無理して“かわいく”とか、“明るく”とか、そんなのしなくていい。 

 お前が泣きたい時は、好きなだけ泣いていい。怒りたきゃ怒ればいい。 

 そういうロミアも、ちゃんと好きだって言えるから」 


ロミアは両手で顔を覆い、そのままテーブルの下で膝を抱えてしゃがみ込む。

声を殺して泣いている。

その泣き方は、周りの目を気にした“演技”じゃなくて、本当に俺だけに見せる涙だった。 


「……ロミアね、いつも怖いの。 

 ○○くんに嫌われたら、もう生きてる意味なくなるって思ってた。

 だけど、今、ちょっとだけ……ちょっとだけ、安心したかも」 


「俺は逃げないよ」 


ロミアは顔を上げ、目を真っ赤にして俺を見た。

子供みたいに、でもどこか大人びた表情で。 


「○○くん、ずるいよ」 


「知ってる」 


「……ありがとう」 


その言葉が、小さく震えて俺の耳に届く。 


カフェを出ると、夕焼けがロミアのミントグリーンの髪を黄金色に染めていた。

今日は外したリボンや蝶の飾りは、もう必要のない“装飾”に見えた。 


「なあ、ロミア」 


「なに?」 


「俺、今のロミアが一番好きだよ」 


ロミアは目をぱちぱちさせた後、やっと笑った。

その笑顔は、どこまでも不器用で、どこまでも素直だった。 



~~~



それからのロミアは、少しずつ変わり始めた。

人前で無理に大声を出すことは減り、俺の前だけではよく泣いたり、時々拗ねたり、怒ったりする。


蝶のシュシュを自分でほどいて、「今日は頑張らなくていい?」と尋ねてくることもあった。 



俺はただ、「いいよ」と答えた。


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