第九章:特別な証、結ばれた蔓

午後のチャイムが鳴っても、ロミアはずっと落ち着きがなかった。

教室の窓際で、俺がノートを閉じると、ロミアは机の下から小さな袋を取り出す。

ピンクの巾着には、彼女らしい蝶のワッペンが縫い付けてあった。


「ねぇ、○○くん……これ、ロミアが作ったの」


巾着の口をほどくと、中からミントグリーンの毛糸で編まれたシュシュが現れる。

触れるとやわらかくて、蝶のモチーフがワンポイントでついている。

まるでロミア自身を縮めて小さくしたような、そんな雰囲気だった。


「これ、俺に?」


「うん!ロミア、○○くんのために、何日もかけて編んだんだよ?」


ロミアは自慢げに胸を張ってみせる。けれど、その表情にはどこか焦りが混じっている。


「もし○○くんが、これを身につけててくれたら……ロミアは、もうみんなの前で騒がなくて済むかもしれない」


「どういう意味だ?」


「ロミア、みんなに明るくしなきゃって、ずっと思ってた。

 でも……ロミアがここにいてもいいって証明してくれたら、それだけで安心できる気がして」



俺はシュシュを手のひらに乗せて、しばらく黙って見つめる。

ロミアはその間、そわそわと俺の顔を覗き込むようにしていた。



「……じゃあ、右手首につけてみるよ」


ロミアはぱっと顔を輝かせて、「ほんとに?嬉しいっ!」と俺の手首にそっとシュシュをはめる。

蝶の飾りが手首で揺れるたび、ロミアも同じように体を小さく揺らして嬉しそうだ。


「これ、ロミアのお守りなの」


「お守り?」


「うん。ロミア、○○くんが誰かに取られちゃいそうで、怖い日がある。

 でも、このシュシュがあれば……ロミアはちゃんとここにいられる。

 ○○くんのそばで、堂々としてていいって、思えるの」



教室はもうほとんど人がいなかったけど、その言葉は俺の胸の奥に静かにしみ込んできた。

ロミアは“独占”を飾り立てずに、まっすぐに俺へ依存を言葉にする。


「これで、俺が他のやつと喋ったらどうする?」


「うーん……ちょっとヤキモチやくけど、でも、ちゃんとロミアのこと思い出してね?

 ロミアの蝶、○○くんの手首にいるんだから」


ロミアはふざけたようにウィンクしつつも、その声には真剣な響きがあった。

俺はゆっくりとシュシュを撫でる。


「ありがとう、ロミア」


「えへへ……ロミア、もっと頑張るから!

 もっと○○くんに好きって言ってもらえるように、たくさん可愛いことするからね!」



~~~



帰り道、ロミアは俺の腕にぎゅっと絡みつき、何度もシュシュを指でつまんでは誇らしげな顔をしていた。



「ねえねえねえ、どうどうどう??ロミアの手作り、似合ってる?」


「……まあ、悪くない」


そう答えると、ロミアは「わーい!」と飛び跳ねる。


「これでロミア、少し安心……○○くん、ずっとそばにいてくれるよね?」


俺は何も答えず、黙って歩き続ける。

だが手首のシュシュはほんのりと温かく、俺の肌にしっかりと馴染んでいた。

歩くたび、蝶のモチーフが揺れる。その揺れが、まるで“ここにいていいよ”と俺に語りかけているように感じた。



~~~



家に帰ってからも、俺はしばらくそのシュシュを外さずに過ごした。

勉強中も、風呂上がりも、手首にロミアの存在が残っている。

それが“重い”と感じる瞬間もあったけれど、不思議と嫌な気はしなかった。



翌朝、ロミアは真っ先に俺の手首を確認する。


「ちゃんと、つけてくれてる!」と満面の笑み。

たったそれだけのことで、彼女は全身で幸福を表現してみせる。


「ロミア、もっと○○くんの特別になりたいな……いいよね?」


俺はため息をつく。

「……もう十分、特別だろ」


「えへっ。やっぱり○○くんが世界一好き!」


シュシュが“証明”になったその日から、ロミアは少しだけ他人と距離を取れるようになった。



でも、俺の手首に蝶がある限り、彼女の依存と独占欲は確かに俺の日常の中に根を張り続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る