第六章:破り捨てた偽りの皮

ロミアの裏アカウントを知ってしまった夜、俺はなかなか眠れなかった。

スマホの画面に浮かんでいた彼女の本音が、現実味を帯びて胸を締めつける。

明るさの裏にどれだけの疲労と不安が潜んでいたのか、俺は今まで何も知らなかった。


翌朝、教室に入ると、ロミアはいつも通りのテンションで駆け寄ってきた。


「あっ!○○くん、おはよー!今日のロミアも最高にかわいいでしょ?」


「……うるさいって」


「ひどーい!じゃあ、今日一日ロミアのこと見ててくれる?」


ロミアは袖を掴んで離さない。

クラスの女子たちも「また始まった」と苦笑している。

俺は表向き適当にあしらいながら、内心落ち着かないままだった。


放課後、廊下ですれ違った瞬間、俺は思い切ってロミアに声をかけた。


「ちょっと、話がある」


「え?なになに?告白とか?きゃー!!」


「……そういうのじゃねえよ」


そのまま空き教室へロミアを連れていく。

静まり返った教室。ロミアは最初こそ冗談めかしていたが、俺の雰囲気を察したのか真顔になった。



「お前さ……裏アカやってるよな」


「──!」



一瞬、ロミアの顔から血の気が引く。

瞳は見開かれ、口元がわずかに震えていた。


「なんで、それ……」


「偶然見つけた。お前、あそこに弱音書いてるだろ」


ロミアはしばらく黙っていたが、次第に唇を噛み締めてうつむく。


「……見ないでよ」


「どうしてだよ」


「ロミア、明るくないと……誰にも見てもらえないんだもん」


その言葉がやけに幼く響く。

ロミアは目に涙を浮かべ、両手でサイドテールの蝶リボンをぎゅっと掴んだ。


「小さい頃から、うるさくしてると褒められたの。

 騒ぐとみんながロミアを見てくれて、パパもママも『えらいね』って笑ってくれた。

 だから、静かにしてると、誰もロミアに気づいてくれない気がして……」


「……別に、無理しなくてもいいだろ」


「無理しなきゃ、誰も見てくれないの!本当のロミアなんて、誰も好きになってくれないのに……」


ロミアは声を上げて泣き始めた。

教室の外まで聞こえそうな大きな嗚咽。

サイドテールがぶるぶると揺れる。

今まで見たことがないほど激しく、必死な涙だった。


「みんな明るいロミアしか興味ない。だから、ロミアは騒ぐしかないの……。

 怖いの。嫌われるの、無視されるの、だれも見てくれなくなるの、すごく、怖いの……!」


「俺は、お前の全部を知ってるわけじゃない。

 でもな、少なくともお前が本音を隠して、無理してまで笑ってるのは見てて辛い」


「……やだ。ロミア、かわいくないと見てもらえないのやだ……」



ロミアは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、俺にしがみつく。

必死に袖を掴んで、手を離さない。



「だって、明るくしてなきゃ、みんな遠ざかるもん。

 ロミアが本音言ったら、気持ち悪がって、もう誰もそばにいなくなる。

 ……怖い、嫌だよ、○○くんまでいなくなったら、ロミアもう、生きてる意味ない……」


「俺は逃げないよ」


ロミアの手を握った瞬間、胸が熱くなった。

俺は自分の冷たい家庭で、誰も本音を言えなかった。ロミアの弱さを、俺は拒否したくない。むしろ、守りたいって思った。


「お前の演技も、弱さも、全部知りたい。明るいお前も、泣いてるお前も……」


「……ほんとに?」


「本当だよ」


ロミアはしばらく黙っていた。

やがて、ぽろぽろと涙をこぼしながら、弱々しく微笑んだ。


「ロミア、騒がないと……蝶の翅がもげちゃう気がしてた。

 でも、○○くんがいるなら、少しだけ、静かでも大丈夫かな」


「無理に頑張らなくていい」


「でも……○○くん、ロミアのこと、好きになってくれる?」


「……多分、すでに気になってる」


「えへへ、嬉しい……」


ロミアはサイドテールのリボンを外し、そっと机の上に置いた。


「ロミア、今日だけは“かわいい”やめていい?」


「ああ、いいよ」


しばらく、教室の隅で二人きり。

ロミアは俺の肩に頭を預け、静かに泣き続けていた。

その温もりだけが、本物だった。



窓の外では夕日が傾き、淡い光が蝶のリボンに反射していた。



“偽りの蝶の翅”が、少しだけ休まる瞬間だった。

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