第五章:二重螺旋のポリヌクレオチド

ロミアの“演技の綻び”を見て以来、俺の中には妙な引っかかりが残った。

あの一瞬の無表情、沈黙。何か裏がある。

そんな直感だけがずっと心に引っかかっていた。


だからなのか、放課後の帰り道、つい俺はスマホをいじりながら、学校のSNSグループをぼんやり見ていた。


グループのタイムラインには、ロミアの話題が頻繁に流れる。



『今日のロミアちゃん、また面白かった!』

『ロミアって本当、天使だよね』

『ロミアの笑顔見ると、元気出る!』



みんなが“陽キャロミア”を称賛していた。

だが、それが本当のロミアなのか、俺は疑い始めていた。


ふと、関連ユーザーに“ROMIA_sub”という裏アカを見つける。

アイコンは、ロミア本人が描いたらしい、蝶のイラスト。

プロフィール欄には「本音と弱音、たまに毒」とだけ書かれていた。



なんとなく惹かれてタップする。

そこに並ぶ投稿は、いつものロミアとはまるで違う顔だった。



“今日も頑張った。みんな笑ってくれた。でも、ロミア、本当に笑えてるのかな?”

“誰も本物のわたしなんて知りたくないよね。明るいロミアしか、誰も見たくないんだもん。”

“○○くんだけが、ぜんぜん見てくれない。ロミアのこと、きっと嫌いなんだ。”



時折、自撮りや日常の写真も投稿されていたが、どれもどこかぎこちない。

サイドテールも蝶のリボンもつけたままなのに、表情は作り笑い。

本垢での明るさとは真逆の、“疲れ”と“不安”が言葉の端々に滲んでいた。



“ねえ、どうしてロミアはこんなに頑張ってるの?ほんとは、もうやめたいって思う日もあるのに。”


重い。だが、理解できないわけじゃなかった。

ロミアがあれほど騒いで、明るくて、目立ちたがりで。

……けど、その裏側で、誰にも見せられない“素”を抱えていること。

俺はそのギャップに、奇妙な居心地の悪さを感じた。



「──どうしたの?」



不意に後ろから声がして、俺はスマホを胸の前で隠した。

見ると、ロミアがいつものように明るい声で駆け寄ってきていた。


「ねえ、○○くん、今なに見てたの?もしかして、ロミアのこと調べてた?」


「……別に」


「えー、怪しいなあ。ロミア、○○くんに隠しごとしてるの、嫌だよ?」


そう言いながら、ロミアはスマホを覗こうと背伸びしてくる。

俺は「やめろ」と短く言い、スマホをポケットにしまい込んだ。


ロミアは一瞬ムッとしたような顔をしたが、すぐに満面の笑みに戻る。


「じゃあ、今日もロミアと一緒に帰ろ!話したいこと、いっぱいあるんだ!」


「……ああ」


歩きながら、ふとロミアがぽつりと呟く。


「ロミア、今日ね、ちょっとだけ疲れた。なんでかな……。

 でも、○○くんがいてくれるから、頑張れる気がする!」


俺は返事をしない。その言葉が本音かどうか、判別できなくなっていた。



家に帰ってからも、俺の頭の中には“ROMIA_sub”の投稿がぐるぐる回っていた。


“ロミア、ほんとは誰かに弱音を吐きたいんだよ”

“でも、弱いロミアは、誰にも必要とされない”


スクロールの途中で、ふとひとつだけ「いいね」が多い投稿に気づく。



“ロミア、ほんとうのロミアを知ってくれる人が、いつか現れるといいな。”



それは、他人事のような、切実な祈りのようなつぶやきだった。

その瞬間、俺の胸に妙な痛みが走る。



~~~



次の日。教室でロミアはまた、いつも通りだった。

誰よりも明るく、笑顔で、俺の机に寄ってくる。


「おはよー!○○くん、ロミア今日もかわいい?」


「……うるさい」


「ひどーい!褒めてくれなきゃ、泣いちゃうよ!」


ロミアは皆の前で大きく笑う。

けれど、その笑顔の奥に、昨日見た“本当のロミア”が透けて見えた気がした。



昼休み、何気なくロミアを見ると、スマホをいじっている。

その表情は真剣そのもの。俺の視線に気づくと、すぐにいつものあざとい笑顔に戻る。


「なあ、ロミア」


「なに?」


「お前、SNSで何してるんだ?」


ロミアは一瞬だけ動きを止めた。

けど、すぐに「内緒だよー」と明るく笑ってみせる。



「○○くんには、見せられないこともあるんだよ!」



その言葉に、俺はもう何も言えなかった。

だが、俺は決めた。



もっと──

ロミアの“裏側”を、ちゃんと知ろうと思った。

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