第二章:陽光への葉、殻の形成

朝、教室に入った瞬間、あいつはもう俺の席の横にいた。


「○○くん、おはよーっ!

 今日はロミア、めっちゃ可愛くしてきたんだから、見てくれなきゃ泣いちゃうよ?」


ミントグリーンのサイドテールが、太陽の光を受けて鮮やかに揺れる。

リボンの蝶の飾りがやけに主張していて、正直、目立ちすぎるくらいだ。

俺は席につきながら「おはよう」とだけ返す。

すると、すかさず袖をきゅっと掴まれる。


「ねえねえ、○○くんってばー、ロミアのことほんとはずっと見てたでしょ?

 ね、絶対見てたでしょ?正直に言ったら、ロミア今日、特別にいいことしてあげちゃうよ?」


「……別に見てないけど」


「えぇ~~~!?なんでぇ!?ロミア、今朝めっちゃ早起きして、髪型も頑張ったのに!

 ねえ、ちょっとは褒めてよぉ!」


拗ねた声で袖をぶんぶん振る。

俺が完全に無視することはできず、ため息をつく。


「……ちゃんと見てるってば。だから、静かにしろって」


「ほんとにー?じゃあロミアのこと、ずっと見ててくれる?

 もし他の女の子見てたら、ロミア、めっちゃ泣いちゃうんだから!」


わざと大げさに拗ねて、机に顔を伏せてみせる。

周囲の目を集めたまま、ロミアは俺のパーソナルスペースをずかずか侵食してくる。



授業中もロミアの干渉は続く。

ちょっとでも手元を見ていると、「ねえ、○○くん、ノート取るの上手だね!ロミアにも見せて!」と近づき、プリントが落ちると「きゃーん!○○くん、ロミア助けてほしいなー?」とわざとらしく拾わせようとする。



~~~



日曜日の昼下がり。自室で本を読んでいると、スマホが狂ったように震えだした。ロミアからだ。


『ねえ!今どこ!?』

『ロミア、○○くんに会いたい!』

『無視しないでよ!ロミア、泣いちゃうよ!?』 


仕方なく「家だ」と返すと、既読がついた瞬間に電話がかかってきた。


「もしもし!?○○くん!今から行っていい!?」


断る間もなく、30分後にはインターホンが鳴った。

ドアを開けると、そこには完璧なサイドテールと蝶のリボンで武装したロミアが、満面の笑みで立っていた。 


「やっほー!ロミア、来ちゃった!ねえ、今日の私服どう?○○くんのために、朝からめっちゃ悩んだんだから!ちゃんと褒めてくれないと、ロミア、この場で動かないからねっ!」



誰も見ていない玄関先で、彼女は舞台の上にいるかのように大げさにポーズを決める。 



~~~



俺の部屋に入るなり、ロミアは「わー!○○くんの匂いだ!」とはしゃぎ、俺のベッドにダイブした。

「ねえねえ、ロミア、この部屋に住みたーい!」と手足をばたつかせる。


俺が読みかけの本を手に取ると、ロミアはすぐにむくれて、俺の手から本を奪い取った。


「……なにそれ。ロミアより大事なの?」


いつもの泣き真似とは違う、本気で拗ねた低い声。ぞくりとした。


「ロミア、○○くんに会いに来たのに!

 ロミアのこと見てくれないなら、ロミア、ここにいる意味ないじゃん……!」


仕方なく本を諦めると、彼女は途端に笑顔に戻り、「えへへ、やっぱり○○くんはロミアがいないとダメだね!」と俺のマグカップを勝手に使ってお茶を飲み始めた。


「おい、それ俺の……」


「やだー!○○くんのものはロミアのものー!」


観客のいない部屋で、たった一人のために演じる姿。

それは滑稽なほどに必死で、幼稚園の頃に感じた「寒気」の正体が、じわりと背筋を這い上がってくるようだった。 



夕方、名残惜しそうに帰る間際、ロミアは玄関で俺の袖を掴んだ。


「……明日、学校で一番にロミアのこと、見てくれるよね?」

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