第3話:名前は決まらなかったが、Aは消えた
空が赤く染まり、遠くで炎が揺れている。
今度は、昼間よりも規模が大きい。
本来なら――勇者が駆けつけるべき場面だ。
俺は、反射的に両手を見た。
手をかざせばいい。
いつものように。
スキップ。
省略。
結果だけ、ポン。
そうすれば誰も傷つかず、
世界はまた「最適解」に辿り着く。
……分かっている。
俺なら、できる。
でも。
「――やめた」
俺は、手を下ろした。
代わりに、走った。
「逃げろ!!」
「子どもを先に!!」
怒鳴りながら、誰かの腕を掴む。
転びそうな老人を支え、
泣いている子どもを抱えて走る。
剣はない。
魔法もない。
チートも――使わない。
その瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。
ーーー
【SKIP】
発動条件を満たしていません
理由:あなたはもう「村人A」ではありません
ーーー
「……は?」
思わず足が止まる。
「通行人ランクアップって何だよ」
「そんな段階制、聞いてねぇぞ」
だが世界は、珍しく静かだった。
勝手に進まない。
勝手に終わらない。
混乱と恐怖の中、
人は自分で動き、
叫び、
助け合っていた。
――時間はかかった。
被害も、ゼロじゃない。
でも。
世界は、ちゃんと続いていた。
夜明け。
村の広場に呼び集められ、
俺は村長の前に立たされていた。
「君だな」
「昨日、最後まで残っていたのは」
「……はい」
村長は少し困ったように笑う。
「一つ、困ったことがあってね」
嫌な予感がした。
「君、名前がないだろう?」
「ありますよ!? 心の中には!!」
「いや公式にだ」
その瞬間。
視界が暗転した。
ーーー
【NAME ENTRY】
主人公の名前を入力してください
ーーー
「……」
画面を見つめたまま、固まる。
名前。
そうだ、名前だ。
俺には、名前が必要らしい。
(……西園寺涼介)
一瞬、頭に浮かんだ。
――いや、待て。
涼介は平凡すぎないか?
転生してそれは、攻めなさすぎだろ。
(じゃあアイドルっぽいのは?)
(キラキラ系、絶対モテるやつ)
却下。
俺には荷が重い。
(某ハリウッド男優とか!?)
(発音良いやつ!!)
……異世界だぞ。
浮きすぎる。
(じゃあ異世界風の名前は?)
(ル=なんとか・グ=なんとか)
噛む。
絶対噛む。
(いや待て!!)
(あえて日本人名!!)
(The・侍!!)
脳内で候補が乱舞する。
画面が、ピコンと音を立てた。
ーーー
残り時間:10
ーーー
「え、制限時間制!?」
(落ち着け!!)
(一生呼ばれる名前だぞ!?)
(慎重に!!)
ーーー
残り時間:5
ーーー
「早い早い!!」
(天城レイ!?)
(絶対アイドル!!俺の顔面が耐えない!!)
(クリス!?)
(名字どこ行った!?異世界で逆に浮く!!)
(ブラッド・デス・ナイト!!)
(中二病こじらせすぎだろ!!)
(それ絶対強キャラ!!)
(義経!?)
(死亡フラグ立てるな!!)
(剣豪丸!?)
(幼名か!!)
(覇王丸!?)
(それもう別作品!!)
(名無し!?)
(逆戻りしてる!!)
(村人太郎!?)
(投げやりすぎる!!)
(坂田銀時)
(アニメ制作会社に怒られるヤツ!!!)
(山田!?)
(ここで現代日本!!?)
(……いや待て)
(本当に呼ばれたい名前って――)
ーーー
残り時間:3
ーーー
(考えさせろ!!)
ーーー
残り時間:2
ーーー
(人生一度の名前だぞ!!)
ーーー
残り時間:1
ーーー
(とりあえず!!)
ーーー
【通行人A→ 通行人】
ーーー
【登録完了】
ーーー
――0。
画面が消えた。
「……」
俺は、静かに肩を落とした。
名前は、決めきれなかった。
でも――
「Aは……消えたな」
それで、いい。
勇者じゃない。
英雄でもない。
でも。
今日から俺は、
この世界の――
ただの通行人だ。
項垂れながら、俺は小さく息を吐いた。
……まぁ。
悪くないか。
ん?悪く....ない?通行人が?
転生したのに俺、村人Aで、しかも世界がスキップされるんだが!!!ーーーまずは名前をくれ!!! 52Hzのくじら @Chappie12-1
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