第2話:俺が死ぬ直前、世界がスキップされた



 ――世界が、跳んだ。


 ……いや、違う。


 世界が「ポンッ」と省略された。


 次に俺が見た光景は、

 さっきまで魔物に食われかけていた場所――ではなかった。


 青空。

 整然と並ぶ家。

 修復された柵。

 元気に走り回る子どもたち。


 ……あれ?


「え?」


 俺はゆっくりと自分の体を見下ろした。

 腕、ある。

 足、ある。

 頭――噛み砕かれてない。


「……生きてる?」


 周囲を見渡す。

 さっきまで地獄絵図だった村は、

 完全に復興していた。


 え?

 は?


「いや待て待て待て待て」


 思わず声が漏れる。


「俺、今、

 0.00000000000001秒で死ぬ予定じゃなかった?」


 あの距離だぞ?

 魔物の口の中、見えたぞ?

 ヨダレの粘度まで記憶に残ってるぞ?


「……夢?」


 頬をつねる。


「いだぁ!!」


 夢じゃない。


 混乱していると、背後から声がかかった。


「さっきのお兄ちゃん!」


 振り返ると、元気そうな子どもがこちらを指さしている。


「すごかったね! 一瞬だった!」


「一瞬?」


「うん! ポン!って!」


「ポン!?」


 別の村人も近寄ってきた。


「いやぁ助かりましたよ!」

「まさか、あんな方法で解決するとは!」

「勇者様もびっくりしてました!」


「勇者?」


 思わず声が裏返る。


「え、俺、

 今なにした??」


 視線の先。

 村の中央広場で、知らない青年が剣を掲げていた。


 キラキラエフェクト。

 完全に“勇者”のそれ。


 周囲の村人が拍手している。


「勇者様ー!!」

「ありがとう!!」


 勇者は爽やかに笑っていた。


 ……知らん。

 俺、こいつ知らん。


「俺の出番、

 いつの間に終わった??」


 その瞬間。


 視界の端に、

 見覚えのある“アレ”が浮かび上がった。


ーーー

【SKIP】

このイベントは省略されました。

ーーー


「……は?」


 思わず声が漏れる。


「省略……?」


 次の瞬間、脳内に情報が流れ込んできた。


ーーー


魔物出現 → スキップ

村人死亡 → スキップ

村壊滅 → スキップ

勇者登場 → スキップ

魔物討伐 → スキップ

村復興 → 完了


ーーー


「いやいやいやいや!!」


 俺は頭を抱えた。


「RPGで一番大事なとこ、

 全部飛ばしてるじゃねぇか!!」


 つまり、こうだ。


 俺が死ぬ直前に手を突き出すと、

 この世界は――


 『結果だけ』を採用する。


 過程?

 努力?

 戦闘?

 犠牲?


 知らん。

 全部、カット。


「……俺、戦ってないよな?」

「剣も振ってないよな?」

「詠唱もしてないよな?」


 なのに世界は、

 最適解だけを置いていった。


 戦闘シーン、全カット。

 感動? 勇気? 絆?

 全部、編集で削除。


「俺がやってるの、

 戦闘じゃなくて編集作業では?」


 思わず空を仰ぐ。


「誰だよ、この世界設計したやつ!!

 雑すぎるだろ!!」


 その時、またもや視界に文字が浮かんだ。


ーーー

【CAST】

村人A:???

ーーー


「名前!!」

「そこは名前表示する場所だろ!!」


 さらに追い打ち。


ーーー

【SPECIAL THANKS】

世界

ーーー


「世界に感謝されても困るんだが!?」


 理解した瞬間、背筋がゾッとした。


 ――ああ、これが俺の能力か。


 勇者にならなくてもいい。

 魔物と戦わなくてもいい。


 俺が関わった瞬間、

 物語は“終わる”。


 俺が動けば動くほど、

 世界はエンディングに近づく。


 つまり――


「俺、

 世界のネタバレ装置じゃねぇか……」


 その夜。


 村の外で、

 また別の悲鳴が上がった。


 今度は、もっと大きな事件だ。

 本来なら、勇者が駆けつけるべき場面。


 俺なら救える。

 一瞬で。

 手をかざすだけで。


 ……でも。


 俺は、その場から一歩も動かなかった。


「……やだ」


 小さく呟く。


 だって分かってしまったから。


 俺が動いたら、

 また世界が“省略”される。


 誰かの物語が、

 勝手に終わる。


 それに――


「エンディング迎えたら、

 村人Aって

 消される側だよな?」


 俺は背を向けた。


 英雄になれなくてもいい。

 物語に残らなくてもいい。


 それでも。


 生きたい。


 ただ、生きて、

 名前を呼ばれたかった。


 だから俺は決めた。


 ――世界を、スキップしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る