転生したのに俺、村人Aで、しかも世界がスキップされるんだが!!!ーーーまずは名前をくれ!!!

52Hzのくじら

第1話:転生したのに村人Aなんだが


 転生した。


 今流行りのやつだ。

 念願の転生。異世界。ファンタジー。


 勇者になって、バッタバッタと魔物を切り伏せ、魔王をこの手で討ち取り、英雄として凱旋する。

 そのうえで、美女たちに囲まれたウハウハ人生――完璧だ。


 ……いや、待て。

 勇者もいいが、賢者も捨て難い。

 知識で無双、頭脳派主人公ってのも悪くない。


 いやいや、ここは聖騎士だ。

 重装甲、正義の象徴、信頼度MAX。


 ――と思ったが却下。

 聖騎士は聖職者だ。

 女の子とウハウハできないじゃないか。


 やっぱり勇者一択だろう。


 そう思ったのも束の間だった。


 俺の目の前に表示されたステータス画面には、残酷な現実があった。


【職業:村人A】


「……は?」


 名前欄は空白。

 称号もない。

 スキル欄も、なぜか真っ白だ。


 勇者でも、賢者でも、聖騎士でもない。

 俺は――村人Aだった。


 名前すら、なかった。


「どういうことだよ!!」


 叫んだ瞬間、遠くで爆発音が響いた。


 爆発音の正体は、魔物の群れだった。


 村の外れ。

 角の生えた獣型の魔物が、今にも柵を破壊しようとしている。


「ちょ、ちょっと待て! 誰か勇者はいないのか!?」


 周囲を見回すが、村人たちは悲鳴を上げて逃げ惑うばかりだ。

 そりゃそうだ。俺を含めて、全員ただの村人だ。


 ――無理だ。


 俺は【村人A】だぞ。

 ステータス画面にすら名前が載らない存在だ。


「無理無理無理無理!!」


 俺は踵を返した。

 逃げる。全力で。

 涙と鼻水を垂らしながら、みっともなく、必死に。


「勇者ーーーっ!! どこだよ勇者ーーーっ!!

 こういう時に出てくるんじゃないのかよぉぉ!!」


 背後で地面が揺れる。

 振り返った瞬間、魔物の口が目の前に迫っていた。


「うわああああああ!!」


 頭を噛み砕かれかけ、反射的に叫ぶ。


「やめろ!!

 俺は肉もついてないし美味くない!!

 骨ばっかりだぞ!!」


 必死に転がりながら、空に向かって叫ぶ。


「神様!! 仏様!! 閻魔さまぁぁ!!

 今だけでいいから!!

 チートを!! 俺にチートを授けたまえぇぇぇぇ!!」


 両手を突き出す。


「ファイアァァァーーーボーーール!!」


 ――何も起きない。


「ウォーーータァァーーー……なんちゃらの槍ぃぃぃ!!」


 ――やっぱり、何も起きない。


「くっそぉぉぉ!!

 なんでだよ!!

 転生したんだぞ!?

 神野郎の馬鹿野郎ぉぉぉ!!」


 涙声で叫びながら、地面を這う。


「死ぬ!!

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ!!」


 魔物は、もう目の前だった。

 涎を垂らし、獣臭い息を吐きながら、巨大な口を開く。


 ――もう、ダメだ。


「俺、死んだ!!

 ああああ!! さらば父ちゃん!!

 顔も見たことない母ちゃん!!」


 脳裏に、存在しない家族が走馬灯のように浮かぶ。


「可愛い妹よ!!(いないけど)

 俺に似たイケメン弟よ!!(いないけど)」


 魔物の口が、さらに近づく。


「ああぁ……せっかく転生したのに……

 滞在時間、わずか数時間の短い人生だった……」


 転生前も彼女なし。

 今世でも彼女なし。


「次こそは……!!

 美形で!!

 チート持ちで!!

 できれば勇者で生まれますように!!」


 涙と鼻水で視界が滲む。


「あと親も美男美女で!!

 一夫多妻の世界で!!

 モテモテで!!

 権力も欲しいし!!

 金も!! 腐るほど欲しい!!」


 頼むぞ、と空に向かって叫ぶ。


「神様ぁぁぁぁ!!!!」


 迫り来る魔物の大きな口。

 その距離――


 0.00000000000001。


「俺……死んだァァァァ!!」


 咄嗟に、俺は両手を前に突き出した。


 その瞬間――


――世界が、跳んだ。

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