第3話 手料理を振る舞いました

「ただいまぁ〜」


 新垣さんが帰ってきた。俺は出迎えようとコンロの火を止めて、玄関に向かう。そこには廊下を見て固まってる新垣さんがいた。


「……柊くん?」

「は、はい」

「これ、柊くんがやったの?」

「そ、そうですけど……」


 新垣さんの声は驚きからか、どこか淡々としていた。俺は一瞬、怒られるかと思った。しかし、新垣さんはすぐに目を輝かせていくと、上擦った、嬉しそうな声で言った。


「すごい、すごいよ柊くん! これ、私の家とは思えないよ! どうしてこんなに綺麗にできるの!? すごい!」


 新垣さんはパンプスを脱ぎ捨てると、ドタバタと音を立てて他の部屋を見て回った。その度に「すごい、すごい」と楽しそうにはしゃいだ声を出した。そしてリビングに入ると、作りかけの料理の匂いを嗅ぎつけたらしかった。


「もしかして夕飯、柊くんが作ってくれてるの!?」

「はい、そうですよ」

「うわぁ! 人の手料理食べるの、いつぶりだろう!」


 今朝の、包容力たっぷりの新垣さんは一変して、幼子のように素直な感情を露わにして、はしゃぎ回った。そんな新垣さんの喜びように、俺も嬉しくなる。ここまで喜んでもらえたなら、頑張った甲斐があったと言うものだ。


 それから俺は、料理の続きを再開し、すぐに夕飯を揃えていく。ピーマンの肉詰めと、味噌汁と、白いご飯だ。俺は着替えを終えて、ワクワクした表情でキッチンを見てきていた新垣さんの前に料理を並べていく。そして、俺の分も新垣さんの向かいに並べると、席に座った。


「なんだか、この光景だけ見ると、新婚の夫婦みたい」

「そうですかね?」

「柊くんはそう思わない?」

「まぁ、確かに言われてみればって感じです」


 新垣さんの言葉に、俺は頷いて答えた。しかし彼女はその話を広げるよりも、目の前の料理が気になるらしい。手を合わせると、「それじゃあ、いただきます」と言って箸を掴んだ。俺は固唾を飲んで新垣さんが料理を食べるのを見守る。彼女が俺の料理を口に入れると——


「ん〜〜〜! おいしい〜!」


 頰に手を当てて本当に美味しそうに食べていた。一瞬、お世辞かなと疑ってしまったが、すぐに、バクバクと勢いよく食べ始めて、お世辞じゃなかったんだなと気がついた。


 俺も箸を掴んで、ピーマンの肉詰めを口に運ぶ。うん、俺の作ってきた中でも、上位に入るくらいは上手く作れていた。俺は心から幸せそうに食べている新垣さんを見て、作って良かったと感じた。ここまで美味しそうに食べてくれるなら、これからも作ってあげたくなってしまう。


「ごちそうさまでした」


 ペロリと夕飯を平らげた新垣さんは、手を合わせてそう言った。俺も同時に食べ終わり、皿をシンクに持っていって早めに洗っておく。新垣さんはリビングのソファに深々と腰を掛け、深呼吸とともに言った。


「はぁ〜……幸せすぎる……。私、今までどうやって生きてきたんだろうってくらい、幸せを感じてるよ〜」


 惚けきった声だった。完全に気が抜けていた。それからキッチンで皿洗いをしている俺の方を見やり、こう尋ねてきた。


「すごいね、柊くんは。本当に美味しかったよ」

「ありがとうございます」

「ん〜、柊くんは私の救世主かもね。もしかしたら、私、この生活が続いたら、柊くんを離したくなくなっちゃうかも」


 冗談っぽく新垣さんは言った。しかし俺にはあまり冗談には聞こえなかった。いや、彼女としても冗談のつもりで言ったのだろうけど、直感的に、本当にこの生活が続いたら、そうなってしまうのではないかと、そう感じたのだ。


 俺は想像する。もし、新垣さんが本当に俺を離そうとしなくなったら……? この家で、新垣さんのお世話をしながら生きていく生活になったら? ……それはそれで幸せなのかも知れなかった。悪くない、そう思ってしまった。


 俺は皿洗いを終えると、ふと、どこにいようかと俺は迷ってしまった。やることがなくなり、自分の居場所に迷ってしまったのだ。新垣さんのソファの隣に座るのも申し訳がないし、かと言ってリビングのテーブルに座るのも、床に座るのも、なんか違うような気がしてしまった。俺がそう立ち尽くしていると、新垣さんがすぐにそんな俺に気がついて、彼女が座るソファの隣をポンポンと叩いた。


「なに突っ立ってるの? 座ってもいいのよ?」

「……それじゃあ、お邪魔します」


 俺は出来るだけ縮こまり、距離を取りながら、新垣さんの隣に腰を掛けた。しかしその距離感が彼女は気に食わなかったのか、ぐいっとすぐ側まで体を寄せてきた。


「なぁに、遠慮してるのよ。今はこの家で私たちは同居してるのよ? そんな遠慮してたら居心地が悪くなっちゃうわ」

「……それもそうですね」

「でしょ? だから、これくらいの距離感でいいのよ」


 今の言動は、彼女なりの感謝の言葉だったのかも知れなかった。ちゃんと同居人として認めてくれたという証だったのかも知れなかった。俺はそれを甘んじて受け入れる。そうでないと、俺に良くしてくれている新垣さんに失礼だと思ったからだ。


「しかしまぁ、こんな生活を経験しちゃったら、コンビニ生活に戻るってなった時、しんどいかもねぇ〜」


 しみじみと新垣さんは言った。


「ちゃんと俺がいなくなっても、ゴミ捨てと掃除と料理はしたほうがいいですよ。あ、あと洗濯も」

「出来るかなぁ……? いや、できない気がする」


 今までそうやって過ごしてきたんだ。多分、今さら家事が出来るようになるとは思えない。確かに俺がいなくなったらこの家は元通りになってしまうだろう。


「よしっ。じゃあ私、シャワー浴びてくるね。柊くんが後でいいよね?」


 新垣さんはそう言って立ち上がった。


「はい、大丈夫です」


 俺はそれに頷き返す。新垣さんはすぐにお風呂場に向かっていった。しばらくして、お風呂場からシャワーの音と、新垣さんの鼻歌が聞こえてくる。それを聞きながら、俺は思考を巡らせていった。


 これからまずは、バイトを探さなければならない。家事をこなしながら、ちょっとずつバイトを探していくことにしよう。まだこの家の家事に慣れないから、まだバイトを探す余裕はないかも知れないけど、早めに探した方がいいかも知れない。ほの家に居座り続けるのも、やっぱり申しわけが立たないからだ。


 そんなことを考えていたら、新垣さんがリビングに戻ってきた。シャワーを浴びたての、女性のいい匂いがした。


「次、柊くん、いいよ」

「あ、はい。それじゃあ、お借りします」


 俺は言って、シャワーを借りる。まだお風呂場には新垣さんの残り香が残っていた。シャワーを浴び終え、俺がリビングに戻ると、新垣さんは濡れた髪のまま、ソファの上でダラダラとスマホを見ていた。


「新垣さん、髪の毛乾かさないんですか?」

「ん〜? 乾かさないねぇ」

「風邪引きますよ?」

「引いたことないから、大丈夫だよ」


 ……俺は黙って洗面所に逆戻りすると、コードがぐるぐる巻きになっていて、ここ最近使われた形跡のなかったドライヤーを手に取ってリビングに戻っていった。そして近くのコンセントに刺すと、新垣さんの横に座って言った。


「仕方がないので、俺が乾かします」

「いいの?」

「はい。それくらいはさせてください」

「じゃあ、お願いしようかな」


 そうして俺は、新垣さんの髪の毛をドライヤーで乾かしていった。新垣さんはその間、気持ちよさそうに目を閉じてされるがままになっていた。

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2026年1月1日 18:34
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駄目人間のOLに拾われたので完璧にお世話してたら依存された AteRa @Ate_Ra

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