第9話
春は、音もなくやってきた。
朝と昼の境目が曖昧になり、空気の輪郭が少しずつ丸くなる。
窓を開けると、やわらかな風がカーテンを揺らした。街の匂いが、ほんのわずかに変わった気がした。
「……もうすぐ春だねぇ…」
独り言みたいに呟くと、部屋の奥から、返事の代わりに気配が返ってくる。
言葉はなくても、そこにいると分かる重さ。
彼は、以前より窓辺に座る時間が増えた。
人の姿のまま、遠くを見ていることもあれば、
猫の姿で、陽だまりの中に丸くなって眠っていることもある。
「……お姉さん」
低い声がした。
振り返ると、彼がこちらを見ていた。目は静かで、逃げ場を探していない。
「不思議だな」
「なにが?」
「終わりが近いはずなのに……怖くない」
私は、ゆっくりと首を振る。否定でも、肯定でもない仕草だ。
「終わりじゃないよ」
「……分かってる」
彼は、小さく笑った。
昔の自嘲とは違う、軽い笑い方だった。
「続きが、見えないだけだ」
その言葉には、もう諦めはなかった。
分からないままでも、立ち止まらない強さを感じて胸がぎゅっとなる。
彼は、私の隣に来て、肩が触れる距離に座った。
触れ合わなくても、温度が伝わる近さ…それだけで、十分だった。
しばらくして、彼はぽつりと言う。
「……もし、次があるなら」
「うん」
「覚えていなくても……ここに来る気がする」
理由は分からない。論理も、保証もない。
ただ、そうなる気がするのだと、彼は言った。
私は、彼の手を取った。強く握らない。
離れないと伝えるだけの力で、そっと握る。
「そのときは、また拾ってあげる」
冗談めかして言うと、彼は目を細める。
「……雨の日は、勘弁してほしいな」
「じゃあ、晴れの日にしよっか」
笑い合う。
その短い時間が、何よりの証だった。
輪廻は、まだ終わっていないかもしれない。
神様が、許したのかどうかも分からない。
でも…ひとつだけ、確かなことがある。
彼はもう、生きる意味を探して彷徨ってはいない。
意味は、ここにある。
名前のない未来として、形を決めないまま、静かに、確かに、息づいている。
窓の外で、風が鳴る。
遠くで、街が生きている音。
彼は、私の肩に額を預けて言った。
「……ありがとう」
それが、彼が輪廻の中で、初めて口にした感謝だった。
私は、ただ笑って答える。
「どういたしまして」
今日も、世界は続いていく。
選ばれた意味を、抱えたまま。
拾った猫がイケメンすぎたので襲ってしまいました!?〜肉食女子は躊躇わない〜 @punipuni_0123
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