死線

 三度、四度。


 同じ告白、同じ銃声、同じ死。


 だが、繰り返すたびに男の感覚は鋭敏になっていった。硝煙の匂いに混じる、甘い腐臭。床に落ちる薬莢が立てる金属音の高さ。それらが微妙に違う。


「見ろ」


 五度目のループ。部屋に入る直前、バディが壁の小さな染みを指差した。そこには小さな鏡の破片が埋め込まれている。


 いわれ、覗き込むと、自分の瞳が映る。鏡なのだから当然のことだ。


 だが、その瞳は微細に振動していた。瞬きをすると、鏡の中の壁のひび割れが、一瞬だけ位置を変えた。


「気づいたか?」


 いつになく真剣な表情でバディが告げる。


「世界が確定していないことに」


「はいはいいつものSFごっこかい」


「てめえは何が言いたいんだ?」


 死体を繰り返し見続けることによるストレスに加え、突然理解の及ばぬ文言を告げられ、思わず口調が荒くなる。


「ここはお前の日記帳じゃねえんだぞ」


 表情一つ崩さず、バディは話を続ける。


「君が見るまで、弾道も、血の量も決まっていないんだよ。君の目が『そうなる』と信じた瞬間に、結果が固定される」


「だからどういう意......」


 苛立ち、寄りかかっていたドアを拳で叩く。すると、ドアが吹き飛び、振った拳の勢いのまま、男は部屋へ倒れ込んだ。


 その光景を見てバディが笑う。


「『尻もちをつく』ということもね」


 バディが右手を差し出す。


「......痛ってえ」


 辺りを見渡すと、ふと壁の隅に薄高く積まれた埃が、男の視界に入った。


 先ほどまでと何ら変わりのない、いや何ら変わってくれないあの光景だ。しかし男の目には、それがどういうわけか奇妙に映った。


 手を取り、立ち上がり辺りを伺うと、あの少女がいて、あの時のまま、座っている。


「ねえ、私と――」


 何も変わらない。


 また俺は同じことを繰り返すのか?


 この監獄みてぇな部屋で、告白され、返事もできぬままに死に、戻る。


 そんな生きてるかも死んでるかもわかんねぇ日々を永遠にか?


 いやだ


 そんなこと


 有り得――


 ぐるぐると思考が巡り、そして気付く。


「ねえんだ」


 彼女が口を開いた瞬間、男は意識的に視線を逸らした。彼女を見るのではなく、壁の隅、埃の積もった一点を凝視する。


 銃声が響く。


 だが今回は、悲鳴が聞こえなかった。代わりに「カチッ」という乾いた音がした。


 不発だ。


 驚いて振り返る。少女は無傷でそこに座り、不思議そうに首を傾げていた。


 壁には血の代わりに、ただの影が落ちている。


「こんなトンチキな真似してくるやつでも逆らえねえもんがある」


「物理法則だ」


「死んで過去に戻れたりやり直せたりするやつでも、椅子に座んなきゃなんねえし、銃で頭抜かれたら死んじまう」


「だとすんなら」


「ドアが吹っ飛んだのに、埃が飛ばねぇってことは、有り得ねえんだ」


「視線を外せば、因果が狂う」


 男は掌を見つめた。


「俺が殺していたのか? 俺の『観測』が?」


「半分正解だ」バディが薄く笑う。


「だが、彼女もまた君を見ている。彼女が君の視線を誘導し、君に引き金を引かせるための舞台を整えているとしたら?」


 少女の姿はいつの間にか消え、先ほどまで少女が座っていた椅子の下に、何かが落ちていた。


 拾い上げると、それは破り取られたノートの切れ端だった。拙い文字でこう書かれている。


『ごめんね。いたくないようにして』


 背筋が凍った。


 これはただの悪夢じゃない。


 誰かの記憶の残骸だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る