デートじゃないし

 外の熱が、ドア一枚で切り替わる。

 店に入ると、冷房が気持ちいい。奥の席へと向かう。


 凛はメニューを開いた瞬間、眉を寄せた。

 写真のパフェは、どれも派手で、甘そうで、写真映えしそうなやつばかりだ。


「……高くない?」

「食事券あるから」

「いや、そうだけど……」


 値段じゃない。

 文字の端を追う視線が落ち着かなくて、場所に慣れようとしてるのが分かる。


 俺はメニューを閉じた。


「俺が頼んでくる。凛は座ってて」

「なんで」

「……ほら。こういうの、苦手そうだし」


 凛の眉が寄る。


「別に……苦手じゃないし」

「じゃあ、頼む?」


 一拍。口が開きかけて、閉じる。


「……やだ」


「……凛、何にする」

「これ……」


 指が、写真の端をちょんと叩いた。

 パフェのページ。いちばん無難なやつ。たぶん。


「それでいい?」

「……いい」


 返事は短い。

 そのくせ、指は引っ込めない。


「オーケー、凛はいちごパフェな」

「……じゃ、行ってくる」


「……お前、同じのにすんなよ」

「しねーよ」


 俺は言い捨てて立った。


 俺はカウンターへ向かった。

 注文を終えて戻ると、凛は窓の外を見ていた。

 背筋はまっすぐなのに、視線だけが行き場を探している。


「……昨日のさ」

「うん」

「ありがと」


 短い。けど、昨日より素直だ。


「普通に困ってたしな……」

「普通じゃないし」


 即答。

 でも声は、少しだけ近い。


「……ああいうのは、苦手」

「見られるの?」


「それもあるけど……勝手に決めつけてくるのが嫌」


 テーブルを指先で一回叩く。


「“そういう関係”とか。言われると、違うって言いたくなる」


 言った瞬間、凛の指が、食事券の端をぎゅっと押しつぶした。

 紙が小さく、くしゃっと鳴る。

 本人は気づいてないみたいに、視線だけが落ちる。


「……腹立つ」


 そのタイミングで、パフェが運ばれてきた。


「……でか」

「並べて写真撮る?」

「やだ、恥ずいし」


 即答。でも口元が緩む。


 一口食べて、凛が小さく言う。


「……おいし」


 その一言で、胸が軽くなる。


 しばらく無言で食べたあと、凛がぽつりと言った。


「……こういうの、悪くない」

「だろ」


 凛の視線が窓の外へ流れていた。

 スプーンが止まって、指先が袖口をいじるのが見えた。

 その仕草が、こっちまで落ち着かなくさせる。


「……見られるのは、やだ」


 俺は窓の方を一回だけ見た。

 外からの視線とか、正直よく分かんない。けど、凛の方は分かる。


「じゃ、席替える?」


 言いながら、俺は自分の座ってる椅子の背を指で叩いた。

 向かいの凛じゃなくて、椅子に話しかけるみたいに。


「こっち座りなよ。俺、そっち行く」


 凛の目が一回だけ俺に向いて、すぐ逸れていた。

 返事が出ない。代わりに、スプーンの先がグラスの縁に触れて、ちいさく鳴った。


「……別に」


 そう言いながら、凛が立ち上がっていた。

 テーブルの角を避けるみたいに一歩引いて、椅子を引く音が短く響く。


 俺も立つ。

 思ったより狭い。


 すれ違う瞬間、凛の腕が俺のシャツの袖にかすっていた気がした。

 気のせいってことにしたい。


 凛が俺の席に座っていた。

 その瞬間、凛の肩がほんの少しだけ落ちたように見えた。

 窓を背にしないだけで、そんなに違うんだなって、遅れて分かる。


 俺は凛の席に腰を下ろした。


 ……座面が、まだぬるい。

 さっきまで凛が座っていた分の温度が、残ってる気がしてしまった。

 変なところに意識がいって、背筋が勝手に伸びる。


 向かいの凛が、ストローの紙をちぎって丸めていた。

 見ないふりをしてるのに、指先だけ忙しい。

 さっきより落ち着いてないのが分かる。


 俺もスプーンを持ち直して、ひと口だけ食べた。

 冷たいはずなのに、口の中だけ変に熱い。


 凛は何も言わずに、またパフェをすくっていた。

 そのまま二人とも、黙って食べ続けた。


 会計を済ませて外に出ると、商店街の光が刺さった。


 ふと、隣の店先の看板が目に入った。


 ――カップル割り 二杯目半額


 店員が笑顔で言う。


「よかったら使えますよ」


 凛の肩が一瞬だけ固くなる。

 でも足は動かない。


 俺は間を置かずに言った。


「使います」


 凛が横を見る。


「……デートじゃないし」


 否定。でも一歩も引かない。横に立ったまま。


「嫌ならやめる。凛が決めろ」


 俺が言い切ると、凛の耳が赤くなる。


「……勝手に決めんな」


 一拍。凛が前を向いたまま言う。


「……それ使う」


 俺がまとめて注文する。

 ドリンクが出来上がるのを待つ間、特別言葉は増えなかった。

 だけど、凛との距離は変わらなかった。


 ドリンクを受け取り、並んで歩き出す。


「……さっきのさ」

「うん」

「言い切ってくれたの……嫌いじゃない」


 視線は合わない。


「でも」


 凛がストローをいじる。


「次も同じなら……」

「何?」

「居て、横に」


 短い。

 でも、答えは分かる。


「了解」


 凛が不満げに小さく鼻を鳴らす。


「……軽い」


「重くすると逃げるだろ」


 凛が首だけ振り向いて、俺を一回見て、すぐ前を向いた。


「……ばか」


 その声は、昨日より柔らかい。


 風鈴が鳴る。

 人の多さは変わらないのに、隣だけが静かだ。

 凛が歩きながら、ドリンクの蓋を指で押さえた。


 逃げなかった分だけ、距離が縮む。

 言葉にしなくても、それで分かった。

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福引きで当てたのは、食事券と約束 白川 @Yuu_Bui

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