第3話
昼休みになると、中庭のベンチはカップルたちに占拠される。相談場所にここを選んだ恵梨香の判断が光るな。衆目に晒されているようでいて、皆がお互いに夢中で周囲に気を配る余裕がない。俺が近づくと、恵梨香は小さく手を振って場所を示した。
「悪り、遅れた。待っててくれたのか?先に食べてくれてもよかったのに」
「いーのいーの。一人でご飯食べるのってさみしーじゃん?それに、凌河が食べてる様子をじっと見てるのもなんかアレだし」
「…それもそうだな。すまん、超感謝」
俺は恵梨香の隣に腰を下ろすと、弁当箱を開いた。
「わー…ほんといつ見てもすっごいね、凌河のお弁当は。高級料亭のおせち料理みたい。ほんとに自分で作ってるの?」
そんなことはない、晴樹ならもっと上手くできる、という言葉が喉まで出かかったが、ここで謙遜するのは久藤凌河じゃない。俺は得意げな顔を作ってみせると、ふふんと鼻を鳴らした。
「おうともよ。朝は両親とも出払ってるからな。それに、このくらいできなきゃ晴樹を超えるなんて夢のまた夢だ」
「また出たよ。あの晴樹に対抗心を抱く人間なんて、世界広しといえど凌河くらいのもんじゃない?」
「晴樹を超える」という目標を、俺は周囲に隠さずむしろ吹聴して回っている。その態度と普段の言動のお陰で、誰にも本気にされていないが。
「それよりもどうよ?凌河シェフによるドキドキ二人きりのお料理レッスンでも開催してやろうか?想い人の胃袋を掴む助けになるかもしんないぞ?」
俺がそう茶化すと、恵梨香は顔を赤くして黙りこくってしまった。…今のは流石にセクハラ入ってたか?このキャラは冗談の塩梅が難しい。
「すごく嬉しい…けど、凌河に教えてもらっても、胃袋を掴むなんて無理だと思う。その人、料理もすごくできる人だし」
横目でこちらをちらちらと伺いながら控えめに言う恵梨香に、俺は胸を張ってこう答えてやった。
「そんなことねーよ。男子高校生にとっては、可愛い女子の手料理ってだけで価値が一恒河沙倍になるからな」
「か、可愛いって…………もう」
「可愛いだろ。恵梨香の作った料理なら、たとえダークマターみたいなものだったとしても大抵の男子は喜んで完食すると思うぞ」
「……そ、そういうもの…?」
「そういうものなんです」
俺が自信満々にそう言うと、恵梨香はひとつ深呼吸をしたのち、意を決したようにこちらに向き直った。
「じゃ、じゃあ!…このお弁当も私の手作りなんだけど!味見してくれる!?」
「お、マジ?喜んでいただきます」
恵梨香は戦々恐々といった様子でうなずいた。…別に本番って訳でもないのに、そんなに緊張しなくてもいいんじゃないか?恵梨香は震える箸先で卵焼きを一つ摘まむと──こちらに突き出した。
「あーん」
「……………………………………………………………………」
「あ、あーん」
恵梨香さん???
「いや…なんであーんなんだ?普通にこっちに置いてくれれば、自分で食べるけど」
「これも!!!練習だから!!!」
物凄い剣幕でそう言う恵梨香。目がガンギマっててちょっと怖い。
「いや…それはどうなん?いくら自分の練習とはいえ、他の男にあーんするのはそいつからしてみても普通に嫌じゃね?」
「ビビって本人にもできないよりはマシでしょ!!!???」
「た、確かに…」
言いくるめられてしまった俺は、気恥ずかしさを誤魔化しつつもぱくっと一口でその卵焼きを食べた。
「お、美味い。鰹だしと醤油がうまいこと卵のコクを引き出してるな。刻みネギも食感の良いアクセントになって超ベリーグッド」
「そ、そう…?よかった…」
全身の力が抜け、へなへなと背もたれに体を預ける恵梨香。…俺に対してでもその調子なのに、本当に意中の相手ににあーんなんてできるのか?
「でも、この腕前なら心配する必要はなさそうだな。とっとと手料理、振舞っちゃおうぜ」
「ま、待って。ドキド…ごほん!やっぱ不安だから料理教えてほしい!」
「お、おう。もちろん」
バネのように跳ね上がってきた恵梨香にたじろぎつつも承諾する。やはり好きな相手にはできるだけ美味しい料理を食べさせてやりたいのだろう。健気な奴だ。
「それで…そろそろ本題に入ってもいいか?」
「!……うん」
俺が声色を少し真面目にすると、恵梨香は慌てて佇まいを直した。
「んで、今日はどうしたのよ?何か進展でもあったのか?」
「実は…そろそろ告白しようと思ってて」
……おっと、そうきたか。
「友達としては、けっこう仲良い方だと思うんだけど…いざ断られたときに、今までの関係が崩れちゃわないか不安で、でもこのままの関係でいるのももどかしくて…」
髪を弄りながらそんなことを言う恵梨香。なにも対策を取らずに晴樹に告白すれば、確実に振られる。俺は頭をフル回転させて、恵梨香の自信を損なわずに告白をやめさせる方法を考える。…そもそも俺が恵梨香の好きな人を知らない体になっているんじゃ、話が進まないな。まずはそこをはっきりさせるか。
「恵梨香」
「は、はいっ」
「悪い。お前の恋愛相談を聞いてるうちに、俺はその相手になんとなく察しがついちまったんだよ」
「え、え、え、え、そ、それって…」
「その名前を…言ってもいいか?」
「ま、ま、待って!!まだ心の準備が…!」
パニックになったようにわたわたと両手を振る恵梨香。人の心中を暴くような真似は心苦しいが、この恋を成就させるためには仕方のないことだ。
「お前の好きな人って…晴樹だろ?」
「………………は?」
「というか、お前が言ってたような完璧超人なんて、晴樹以外にいなくね?隠すつもりがあるなら、もうちょっと曖昧にだな…」
「りょ…」
「りょ?」
「凌河のバカーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」
耳をつんざく轟音でそう叫ぶと、荷物をひっつかんでとたどたと走り去っていってしまった。
「何あれ、修羅場?」
「わかんない。振られたんかな?」
「誰あれ?」
「ホラ。あれじゃない?新条くんと一緒にいる…名前なんだっけ」
周りのカップルたちは完全にこちらに注目していた。ひそひそという話し声が耳に入ってくる。明日は噂の火消しに専念しないとな…いや、恵梨香の好きな人が晴樹じゃないなら、それも必要ないのか?
あの反応…もしかして、俺のことが好きだったのか?いや、それはありえない。それに対する結論はさっき出たばかりだろう。
それにしても…さっきからというもの、女子の気持ちがまるでわからない。俺が晴樹を超える完璧超人になるのは、まだまだ先になりそうだ。力なく背もたれに身を預けながら、俺はそんなことを考えた。
永遠の二番手…だったはずなのに、学校の美少女が軒並み俺に懐いているんだが? 森 林吾 @mori_apple
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