第2話

 創文館高校の授業は尋常ではないスピードで進行する。エリートを育成する学校なので当然と言えば当然だが、俺のように地頭ではなく努力だけで入ったものは、入学後もとんでもない努力を要求される。


 俺はびっしりと書かれたノートを隠しつつ、昼食の準備をした。


「いやー、松井の数学の授業マジで眠すぎんだろ。気づいたら意識無くなってたわ」

「ホントそれな。俺なんて最初の10分以外ずっと寝てたぞ?てか凌河、めっちゃ真面目に授業受けてたじゃん。ノートもがっつり取ってさ」


 そう俺に話しかけてきたのは、俺と同じく晴樹の取り巻きである男子たちだ。二人とも成績は決して良くないものの、毎回平均点前後は取れている。…世の中は不公平だ。


 それはそれとして、俺が真面目だと思われるのは非常に良くない。俺が晴樹と懇意にしていて反感を買わないのは、ひとえにお調子者キャラであるからだ。ここはなんとか誤魔化さねば。


「いやー、授業中暇すぎて、意中の先輩に告るためのラブレターしたためてたんだけどさ。つい興が乗っちゃって、見開き5ページもびっしり書いちゃったわ」


 ガタンッ!!


 俺がそう言うと、二人はぎゃはは、という下品な笑い声をあげる。それに混じって、後ろの方の席で何かが倒れるような音がしたような気がした。


「え、ちなみに何?何て書いたん?」

「あなたは私の太陽です。もうあなたのいない人生は考えられない。どうかその天使エンジェルウィングで私のハートを包んでください」

「キモすぎだろ!ゼッタイ振られるぞ、それ」

「止めてくれるな。この俺の熱いハートはもう誰にも止められない」

ハートやめろ」


 口々にこちらを弄る男たち。よし、なんとか誤魔化せたか。


「はー、笑った笑った。腹減ったし、そろそろ飯食うか」

「あー…俺、先約あるからパスで」

「え?どうしたんだよ、何かあるのか?」


 そう聞いてきたのは晴樹だ。馬鹿正直に話したら、いらん誤解をされそうだな。恵梨香の恋路を邪魔するようなことは避けたい。仕方ない、適当に誤魔化すか。


「んー…ヒ・ミ・ツ♡」

「キモっ」


 ……だいぶ雑になったが、あとでフォローすればいい。昼休みは長いようで短いからな、早く恵梨香のもとに──


「待って」


 教室から出ようとした俺を引き留めたのは、同じクラスの雨宮結乃さんだ。口数は少なく、目立った印象はないものの、よくよく見てみれば文句なしの美少女である。ある事件をきっかけに話すようにはなったものの、常に無表情なため何を考えてるかが非常に分かりづらい。


「えーっと…雨宮ちゃん?ゴメン、俺急いでて、用事なら後に──」

「どこに行くの?」


 淡々とした口調からは怒りこそ感じさせないものの、何か強烈な気迫を感じて俺はたじろぐ。口元は固く引き結ばれ、その目はまっすぐこちらを見据えていた。


「もしかして…さっき言ってた、意中の先輩のところ?」


 俺が返答に困っていると、雨宮さん自身が助け舟を出してくれた。そうだ、それなら辻褄が合う。そうすると晴樹たちにあのラブレターはガチだと思われてしまう可能性があるが、そこらのアフターケアは後でするとして、その案を採用しよう。


「そうなんだよ。今からイチャイチャタイムと洒落込んできます」

「そう、なの…」


 無表情のまま顔を伏せる雨宮さん。なんだ、なんで急にそんなことを聞いてきたんだ…?狙いが全く読めない…


「じゃ、じゃあ…行ってきます?」

「待って」


 もう一度教室を出ようとすると、今度は手首をつかんで引き留められる。


「わたしも行く」

「なんで!!!???」


 …いかん、完全に素が出てしまった。


「それは…………想い人と二人っきりだと、久藤くんは緊張するはず。わたしをクッションとして間に置くことで、円滑なコミュニケーションが取れる。久藤くんの恋路をサポート」

 

 無表情のままつらつらと話す雨宮さん。非常にありがたい申し出だが、あいにくと現在の俺には必要ない。


 それにしても、さっきからの言動…もしかして、雨宮さんは俺のことが好きなのか?…いや、そんなわけがないか。現在の俺は晴樹の完全下位互換だ。晴樹を差し置いて俺のことを好きになるやつなどどこにもいないだろう。


 仕方ない。恵梨香には悪いが、雨宮さんには本当のことを話して納得してもらうしかないな。


「じゃあ…雨宮ちゃん、ちょっとこっち来てもらえる?」

「!…わかった」



◇◆◇



「────というわけなんだよ」

 

 結局、意中の先輩の話はすべて嘘だったこと、恵梨香が晴樹を好きなこと、恵梨香と二人でご飯を食べることを知られないために嘘をついたことなど、すべてを雨宮さんに話した。


「そう、だったの。ごめんなさい、早とちりしてしまった」

「いやいやいや、雨宮ちゃんが謝るようなことは何もないよ。俺が嘘をついてたのが悪いんだし」

「でも、暴走して迷惑をかけてしまった。ごめんなさい」


 そう言って頭を下げる雨宮さん。俺は何だか気まずくて、頬をぽりぽりと掻く。


「ところで、浅木さんが新条くんを好きっていうのは間違いないの?」

「?ああ、間違いないはずだけど…あ、他の人には言わないでくれよ?噂が広まったりしたら、恵梨香に何と言って詫びればいいか…」

「大丈夫、絶対に言わない。引き留めたりしてごめんなさい、浅木さんの所に行ってあげて」

「ああ、ありがとう」


 俺はそうとだけ言い残すと、中庭へ向かった。

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