第1話 見知らぬ町

 しばらくボーッとしていたり、当てもなくうろうろそこら辺を歩き回ってみたり、空を眺めて「あー、お空キレイ」などと思ってみたりと無駄に時間だけを浪費していく。

 そのうちにお腹が空いてきて、駄目だ、こんな事をしていては!と我に返る。いつまでもこんな迷子の子供のような事をしていても埒が明かない。いや、実際に迷子の子供同然なんだけれども⋯。

 とりあえず所持品の確認だ。まず手には杖が握られている。先端には水晶のような物があしらわれていて、いかにも魔法使いの杖ですという感じだ。あの女神様が魔術師の力を与えたとか言っていたような。じゃあ、これで魔法とか使えるのかな?本当か?でも使い方がわからないな。何処かに説明書とか用意しておいてくれてないのかな。

 次は衣服だ。これに関しては魔法使いのローブとかではなかった。皮のショートジャケットに布のズボン。ズボンはベルト代わりの紐で留められていて、左腰辺りにポーチが取り付けられていた。頭にはとんがり帽子を被っていて申し訳程度に魔術師です、と主張している感じがする。とりあえずローブよりは動きやすそうだからいいか。

 ポーチの中を調べてみると、中には金貨らしき物が1枚収められていた。この世界のお金なのかな?でも価値がわからない。それでも右も左もわからないこの世界で生きていく為の生命線には違いない。大事にポーチにしまっておく。

 さて、これからどうしよう。スマホも無いし、交番なんてものも無いだろうな。何処に行けばいいんだろう。あの女神様は「剣と魔法の世界」なんて言っていたよな。じゃあ冒険者ギルドとかあるのかな?そこで聞けば何とかなるのかな?

 そんな事を考えていると不意にドンっとぶつかられて体勢を崩してしまう。「おっと、失礼。」ぶつかってきた男はそう言って足早に去ってしまう。痛いなあ。なんでこんな広い道でぶつかってくるんだよ⋯と思いながら歩き出すと腰のポーチが開いている事に気づく。

 恐る恐る中を調べてみると、さっき大事にしまったはずの金貨が消えている。なんで、なんで?もしかして?顔を上げるとさっきぶつかった男が猛ダッシュで視界から消え去ろうとしている。まさか、アイツか!

「待ってーーー!私のお金ーーーー!!」

 叫びながら私はなりふり構わず必死に走り出していた。

 恐らくメイン通りを過ぎてしまったのだろう。民家が立ち並ぶようになってそれも段々とまばらになっていき、道の舗装も途切れてしまう。

 そして徐々に行き交う通行人の姿も見えなくなった。マズいかな⋯と思い始めた時に男が足を止めた。

「駄目だぜ、お嬢ちゃん。こんな所までノコノコついてきたら。」泥棒はそう言いながら振り向く。手には剣のような物が握られている。

「ヘッヘッヘ」下卑た笑い声と共に足音がして、振り向くと泥棒の仲間らしき男が二人、ゾロゾロと連れ立って現れた。しまった。囲まれてる⋯。

 どうしよう、これはお金を取り戻すどころじゃない。どうやって切り抜ける⋯?その時、ふと思いつく。そうだ、これが異世界転生ならお約束のアレが出来るんじゃないだろうか。

 私は高らかに「ステータスオープン」と叫ぶ。


 シーン⋯⋯。


 何も起きない。なんで?こういう場合はステータス開いてチートスキル使って切り抜けるのがお約束じゃないの?!これじゃ、突然虚空に向かってステータスオープンとか叫び出すヤバい人じゃん⋯。

「コイツ、驚かせやがって⋯。魔法でも使うかと思ったぜ。」泥棒がそう言いながらソロリソロリと警戒しながら距離を詰めてくる。

 その言葉を聞いてハッとする。そうか。魔法だ!女神様の言った事が本当ならきっと使えるに違いない、多分!でも一体どうやって使うの?

 泥棒との距離が縮まる。後ろからも迫ってきている。どうする?どうする?と悩んでいると、ふと頭の中に聞き慣れない文字群がある事に気づく。これが魔法?またさっきみたいに何も起きないとか無いよね?

 とは言え迷ってる暇はない。迫る泥棒に杖を突きつけると「エネルギーボルト!」と叫ぶ。

 呪文を唱えると同時に杖を持つ右手が熱を帯びてくる。そしてまるで杖と手が一体になったような感覚。杖の先端の水晶が輝き出し、やがてそれは光の矢となって発射される。

 光の矢は泥棒に目掛けて一直線に飛んでいき、胸元辺りに命中する。泥棒の身体をやすやすと吹き飛ばす。泥棒は数メートル飛ぶと地面に叩きつけられてピクピクとしている。本当に出た⋯。し、死んでないよね?思わずその場にヘナヘナとへたり込んでしまう。

「こ、コイツやりやがったな⋯!」

 慌てて振り向く。しまった。まだ二人いたんだ。とりあえず逃げないと⋯と思うのに腰が抜けたのか上手く立ち上がる事が出来ない。

 男が肉薄して手に持った剣を振り上げる。駄目だ!頭を抱えて目をつぶる。しかし、斬りつけられる痛みはやってこない。

 カキン!という鋭い金属音と、男の「うわっ!」という悲鳴が聞こえただけだった。

 恐る恐る目を開けるとどこからか飛び出してきた人影が一瞬の内に距離を詰め、剣を取り落とした男に掌底による打撃を加える。男はグラッと身体を揺らしたかと思うとその場に力なく崩れる。

「野郎!」残った男が人影に向かって剣で突く。人影は難なくかわしたかと思うとその腕を脇に挟む。グキッという嫌な音がしたかと思うと、男の腕がありえない方向に曲がっていた。

「ギャァァァ!」男の悲鳴が響き渡る。戦意を失った男に人影が華麗に回し蹴りを放つ。男は玩具のように回転しながら吹っ飛んでドサリと倒れる。

 人影が被っていたフードを取る。褐色の肌に鋭い目付きを持った女性だった。彼女はナイフを拾い上げるとそれを懐に仕舞う。さっきの金属音は彼女が投げたナイフが剣をはじき飛ばした音だったらしい。

 女性はつかつかとこっちに向かって歩いてくる。助けてくれたのだろうか⋯?緊張で身を固くする。

 彼女は身をかがめてこちらに手を差し出すと「大丈夫だったかい、お嬢ちゃん」と優しい声で語りかけてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る