巡る世界の異邦人

リョウフミオ

プロローグ

 目を覚まして広がっていた光景は見慣れた自室では無かった。見渡す限りどこまでも真っ白な空間。足元にも何も存在しない中空をふわふわと漂っている。でも、得体の知れない場所にいるというのに不思議と不安感は無かった。

 なんでこんな所にいるのか全然思い出せない。夢かな?目を閉じて浮遊感に身を委ねる。

「二度寝するのではありません。」

「あ、はい!すいません!」

 どこからともなく聞こえた声にハッとして目を開けてキョロキョロと辺りを見渡す。誰?お母さんの声ではなかったけど。

 振り向いた先にいたのは同性の私が見惚れてしまう程の美人だった。流れるようなウェーブのかかった金髪。吸い込まれる様に透き通った蒼い瞳。そしてまとっているのは清らかな純白の衣。

 まるで女神様だな、などと思ってしまう。

「私の名はへスティリア。この世界の神の一柱です。」

 奏でるような美しい声で彼女は名乗った。なるほど、本当に女神様なんだ、そりゃそうだよねと意味もなく思わず納得する。

「貴方にはこれから元居た世界とは別の世界へと転生してもらいます。」

 あ、この流れ知ってる。異世界転生だ。アニメとか小説でよく見るやつだ。そっか、そっか。私が異世界転生する人間に選ばれるなんてなー。

 ⋯⋯ん?

「え、私もしかして死んだんですか?」

 焦って自分の記憶を必死にたどる。普通に起きて、普通に学校行って授業受けて、いつも通り図書館に行って、それから普通に帰ったんじゃないだろうか。駄目だ、それ以上思い出せない。手が汗ばんで、頭が真っ白になる。

「有り体に言えばそうなりますね。」

 女神様はにべもなく断言する。いや、もうちょっとフォローとか思いやりがあってくれてもいいんじゃないだろうか。それとも神様なんてこんなもんなのか。超越した存在だから人間の細かな機微なんてわからないんだろうか。

「ちょっと待ってください。健康診断でも何も異常無かったし、友達にもよく悩み無いよねって言われるくらいだし、死因に心当たりが無いんですけど!」

 思わず必死にまくし立てる。いきなりアナタ死にましたと言われて納得出来る訳がない。早く元の世界に帰してほしいし、夢ならばとっとと覚めてほしい。

「それは⋯。」

「それは?」

「お答えすることが出来ません。」

「なにそれ?!」

 そんな言われ方をすると余計に気になる。なんで死んだんだよ、私⋯。

「ともかく貴方を元の世界へとお帰しすることは出来ません。そして貴方にはある使命を持って別の世界へと転生してもらいます。」

「使命?一体なんなんですか?」

「それは⋯。」

「それは?」

「貴方自身の目で確かめてください。」

「雑?!」

 そんな乞うご期待!みたいな感じで言われても。なんかもったいぶってばかりで肝心な事を何も教えてくれない女神様だな⋯。使命を託すならちゃんと教えて置いてほしい。

「じゃあ、私がなにか特別な才能を持ち合わせてるから選ばれたとか?」

「いえ、特にそういうわけでは。」

 女神様にあっけなく否定される。そりゃそうですよね。ただの平凡な女子高生でしたもんね。

 その時だった。真っ白な世界に少し暗雲のような物が立ち込めてくる。女神様がそれを遠い表情で見つめる。

「時間です。」

「へ?」

 女神様がその美しい顔の眉間に皺を寄せる。

 ちょっと待って。時間って?まさか、もうこれで説明おしまい?全然説明が足りなくない?

「よいですか?これから貴方に行ってもらうのは剣と魔法の世界。貴方には魔術師としての力を授けてあります。」

「剣と魔法の世界?ちょ、いきなり急にそんな情報詰め込まれても⋯。」

「なお、諸事情により幼少期の時間を飛ばして、貴方が亡くなった歳。17歳からスタートしてもらいます。」

「え、え?酷くないですか、それ?」

 人の人生をチュートリアルみたいにそんな簡単にスキップしないでほしい。人生やり直すならちゃんと最初からやり直させて!

 そんな事を考えていると先程までの浮遊感が失われて身体が段々と沈み始めていく。思わず必死に手足をバタバタさせてもがく。

「説明!説明が足りてないです!質問タイムとか無いんですか!?」

「よいですか、この世界にいる勇者を探すのです。貴方の使命はその先にあります。」

 この女神様、人の話なんて全然聞いてない!身体はなおも沈んでいき、女神様の姿がどんどんと小さくなっていく。

「待って、待って、待ってーーーーーー!!」


 気がつくと何処か知らない町の中に立っていた。見渡す限りの町並みも、行き交う人々の服装も現代日本とは全く様相を異にしている。そう、いうなればそれは中世ファンタジーの世界のような⋯。

「嘘でしょ⋯?」

 本当に異世界転生させられたの?まさかね?と思いつつ頬をぎゅっとつねってみる。痛い。夢じゃないのか?

 私は現実を受け入れることが出来ず、しばらくただ呆然とその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

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