第6話 森での再会

 十四歳になった年のとある日、ユイルは背中に父の形見の剣を負い、両手に弓矢を持って、ルーマ郊外の森に遠征した。

 猪か鹿をしとめ、老師やアレク、レオン、リィナに、肉を振る舞うためである。

 獣道を踏み分けながら、ユイルは左右の木立に獲物を探した。

 五感を研ぎ澄ます。どんな変化も見逃さないつもりだった。

 やがてユイルは、前方から何者かが近づいて来ている気配を感じ取った。

(動物じゃない。人か?)

 一本の大木に身を隠し、ユイルは気配を追尾した。念のため、弓に矢をついでいつでも発射できる態勢を整える。

 木々の間に鬱蒼と生い茂る下草を掻き分けて、一人の人影が姿を現した。

 意外なことに、それは美しい少女だった。

 金色の長い髪、澄んだ湖のような青い瞳。まとっているのは、金糸で縁取られた修道衣だった。手には籠を持っている。

 薬草を摘みに来た修道女のようだったが、ユイルはその少女を知っていた。

 ルーマの修道院前で出会って以来となる、四年ぶりの再会だった。驚きを隠せないまま、ユイルは木の陰から少女の前に姿を見せた。

 瞬間、二人の視線が交錯する。

 あのときの少女だ、と、ユイルは思った。

 あのときの少年だ、と、カテリーナは思った。

 二人は、互いに相手を強く認識していた。

 カテリーナは背後を一度振り返ると、ユイルに訴えた。

「オーガ(人食い鬼)に遭遇したの。逃げてきたんだけれど、もう少しで追いつかれそうで」

 その青い瞳には、怯えの色が見える。

「こちらへ」

 ユイルはカテリーナをいざなって、彼女を大木の陰に隠した。

「危険よ、逃げましょう!」

「いや、オーガの足なら、逃げても追いつかれる。それに、戦いの場で敵に背中を向けることなんてできない」

 戦意に燃える、少年の決意だった。

「でも!」

 カテリーナが言いかけたとき、細い木をなぎ倒しつつ、強敵が姿を現した。

 それは、三メートル近い身長を持つ化け物だった。でっぷりと太った体、丸太のような両腕には巨大な棍棒が握られている。頭髪はなく、どろんと濁った目と、牙の生えた巨大な口が、見る者に絶望的な威圧感を与える。上半身は裸で、腰には獣の毛皮を巻いていた。

 先制して、ユイルは矢を放った。音を立てて飛翔した矢は、オーガの右腕に突き立つ。

 物凄い声音で、オーガは咆哮した。

 気の弱い人間なら、完全に戦意を失ってしまうような大音声だったが、ユイルは怯まなかった。弓を捨て、右手に剣を構える。

 激怒したオーガが、突進しつつ強烈な棍棒の一撃を叩き込んでくる。

 ユイルは後ろに飛び退って、その攻撃を免れた。

 そして言い放つ。

「こんな奴に、自分の剣を貫けないようなら、毎日修行をしてきた意味なんて──!」

 剣を手に、ダッ、と前に駆ける。

「意味なんてない!!」

 相手の巨大な両腕をかいくぐり、ユイルはオーガのはちきれそうに膨らんだ腹部を切り裂いた。

 切り裂いたままの姿勢で、静止するユイル。

 そしてオーガは、大きな音を立ててその場に倒れ伏した。

(なんて……)

 全てを見ていたカテリーナは思った。

(強くて、勇ましくて、誇り高い)

 言葉を探す。

(まるで……)

 カテリーナは、心の底から思っていた。

(物語の世界の、“騎士”のような人!)

 剣を背中の鞘に収め、ユイルはカテリーナに向き直った。

「もう危険はないと思いますが、ルーマに戻られたほうが良いでしょう」

 そう助言すると、少女の前から立ち去ろうとする。

「それでは……」

「待って! 何かお礼を!」

 カテリーナが慌てて引き止める。

「せめて、名前だけでも!」

 必死な様子のカテリーナを、ユイルは優しく見つめた。

「名乗るほどの者では……」

「教えてほしいの。私の名は、カテリーナ」

「知っています。法皇様の妹君でしょう。オレの名前は、ユイルです」

 仕方なく、少年は名乗った。

「ユイル……」

 カテリーナは復唱した。

“ユイル”

 一生忘れることのできない名前だと、カテリーナは思っていた。

 そして、ユイルも。

(カテリーナ。オレの初恋の……。良かった、守ることができて)

 二人は、しばらく見つめ合っていた。

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