第二章 レオンとリィナ
第7話 魔術師・レオン
そのとき、レオンハルト、愛称レオンは、十歳の少年になっていた。
三歳で実の親を亡くし、ユイルの両親に引き取られた。しかし、その養親も八歳で失ってしまう。
二歳上の義兄、ユイルを頼り、その後は、老師に養われるようになった。
老師の下で、剣士になる道を歩み始めたユイルを、レオンはただ見ていた。体が義兄ほど強くない彼は、自分が剣士になれるとは考えなかった。
けれども、何者かになりたいという思いが、少しずつ、だが確実に、彼の胸の中で大きくなっていった。
肩までの長い金髪、綺麗な青い瞳の、端正な顔立ちをしたレオンは、時に少女と見間違われることがあった。
自分はそんなにか弱く見えるのだろうかと、レオンは密かに思い悩んだ。
自分は立派な男なのだと証明したい、そんな願望も、レオンの中で育まれていった。
その日、老師の邸宅に遊びに行ったレオンは、屋敷の中を探索していて書斎に迷い込んでしまった。
古典文学に兵法の本、ルーマン正教に関わる文献などに混ざって、異質な本があるのをレオンは発見した。
異様に大きく、分厚い。高価そうな黒い皮で装丁されており、表紙には金箔で見慣れぬ文字が刻まれている。
その文字を見つめていたレオンは、不意に閃いた。
「魔導書?」
その名詞が、思わず口をつく。
「ほほう、その文字が読めるか」
不意に、書斎の入り口から声をかけられた。
振り向くと、そこには老師が立っていた。
「老師!」
「その文字が読めるということは、レオン、お前には、ウィザード(魔術師)になる素養があるということじゃ」
「僕が、ウィザードに?」
信じられなかった。けれど、信じていた。
それは、レオンが今までに想像したこともなかったほど、輝かしい将来だった。
「すぐにはなれぬが、みっちりと修行をすればな」
「修行? どんなことを?」
老師が答える。
「まずは、魔法の基礎じゃ。魔力の制御や、危険性について学ぶのじゃ」
「危険性って?」
「魔力の暴走や、副作用などじゃ。どんな力にも、危険はつきものじゃからな」
レオンはその青い瞳を輝かせた。
「老師、貴方は……」
「わしは、基本的には剣士じゃ。しかし、若い頃少し魔術もかじった。最低限のことは、教えてやることができる」
レオンの整った顔に、喜色が弾ける。
「僕に魔術を教えてください! 僕は、ウィザードになりたい!」
必死に請うレオンを、老師は慈愛と厳愛が混在した目で見つめる。
「ウィザードになってどうする?」
レオンは即答した。
「剣士になるユイル兄さんを助けます!」
その素直な答えは、老師の胸に届いた。
「よかろう。明日から、この屋敷に通うが良い」
ウィザードへの第一歩を、レオンは踏み出したのだった。
翌日から、レオンの魔法修行が始まった。
まず始めに、魔導書を正確に読み解くところからスタートした。
魔導書には、古からのウィザードたちが開発してきた魔法が、数多く記されている。
魔法には大別して、地・水・火・風の四種類がある。ウィザードになる者は、適性や自分の希望を勘案して、魔法の領域を決める。
レオンは、火と風を専攻することにした。
魔法の修得は、魔導書との契約という形で行われる。使用者の力量がその魔法に相応しいレベルに達したとき、契約が成立する。契約の儀式には高い集中力が必要とされ、ウィザードが普段行う修行のほとんどは、精神集中の訓練に費やされる。その集中の度合いは、 一時的に五感の感覚を失うほどである。
物静かな性格のレオンは、精神集中が得意だった。
最終段階。魔法の発動のために、呪文を詠唱する。同時に、術者はその魔法の効果を強くイメージし、魔力によって実現させるのだ。
魔力の回復は、そのウィザードの体力・生命力に比例する。具体的には、食事や睡眠、ケガの治療、魔力回復ポーションなどがその手段となる。
また、修得したばかりの魔法は、暴走の危険性を孕んでいる。魔法を正確に発動するためには、何回もその魔法を試用することで、術者の心と体に魔法を馴染ませる工程が必要となるのだ。
総じて、レオンは優秀な生徒であった。寡黙で真面目な性格も、彼の修行の進捗を助けた。
三年の歳月が流れ、レオンが十三歳になった時、彼は十分に火と風のウィザードと呼ばれうる存在に成長していた。
老師の家の中庭。
その中心に、レオンはいた。
彼から十数メートル離れた同心円上に、間隔をあけて人間を模した四本の杭が立っている。
レオンは、青いローブを身にまとい、右手にはスタッフ(杖)を握っていた。
若きウィザードは、瞳を閉じ、精神を集中させる。
その様子を、距離を置いて老師とユイルが見守っていた。
「我、レオンハルトが命ず!」
声高く、呪文の詠唱が始まる。
「炎の矢よ、敵を貫け!」
レオンは、カッ、と目を見開いた。
「ファイアー・アロー!」
レオンが掲げたスタッフから、四つの炎が迸り、赤い矢となって四方に散った。四本の炎の矢が、正確に四本の杭に突き刺さり、激しく炎上させる。
炎の色を青い瞳に映して、レオンは次の魔法の発動を開始する。
「我、レオンハルトが命ず! 烈風よ、敵を切り裂け!」
レオンの瞳が白熱した。
「ウィンド・カッター!」
空間を歪ませるほどに凝縮された風の刃が、レオンの前方にあった燃え盛る杭を切断、粉砕した。
無数の火の粉が、天高く舞い上がる。
「見事じゃ、レオンハルト。火と風の初級魔法を、完璧に制御したな」
老師が満足そうに声をかける。
「すごいぞ、レオン!」
ユイルも義弟に賛辞の言葉を贈った。
レオンは、得意げに微笑んだ。
「これで、少しは兄さんの役に立てますね」
これから訪れるであろう戦いで、自分の存在証明を果たす決意を、レオンは固めていた。
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