第2話 統合作戦本部は今日も平常運転

唐突だがエナドリはとてもいい飲み物だと思う。カフェイン、糖分も入っていて覚醒作用があるし、何より美味しい。ハンバーガーが完全栄養食だとしたらエナドリは完全栄養ドリンクだと思う。

だけど、そんな物を飲まずとも一日は緩やかに始まった。

朝、板橋の家を出て電車で勤務先である統合作戦本部まで向かう。地球連邦日本州東京都江東区に地球連邦軍統合作戦本部はある。

そこが俺達の職場だ。

「次は統合作戦本部第二ターミナル駅。お降りのお客様は……」

さて降りる準備を。そう思ってもこの満員電車で身動きが取れない。田んぼに足を取られた農家の気分だ。

「扉が開きます」

その車内アナウンスが流れると一気に人の動きが変わる。沼から海流が流れ出す。

今行かないと。

流れに身を任せそのまま電車を降りる。朝から一仕事した気分だ。

「はぁ〜」

疲れた。それなのに今日も書類の整理を。

気が滅入る。そのまま重い足を何度も上げ下げして前進する。結局来てしまった。行きたくもない職場に。

そう思っていたのがつい二時間前。そして現在……

「この一色中将の奥さんめっちゃ美人だね」

「そうだな」

本当に目の保養になる。こんな人が奥さんなのはめっちゃ羨ましい。

戦いが終わり、しばらく戦いがない事から暇であろう後方支援部にいる同期カイル・ホーキンスと俺は仕事をしないでSNSの美人人妻の写真をまじまじと見ていた。

一言で言うならクールで清楚な雰囲気の美人。目はやや垂れ目、艶のある下で結んだ黒髪ポニーテール、透き通った綺麗な肌、目鼻立ちは整っており、その見た目は美人女優やモデルにも引けを取らない。むしろそれ以上の美女だ。彼女は女神か何かか?

「こら、そんなとこ私以外の上司に見られたら怒られるぞ」

「ロレーヌ係長。来てたんですね」

彼女は総務部係長のジャンヌ・ロレーヌ軍曹。二十八歳にして階級は軍曹(連邦軍の階級は一等兵、上等兵、伍長、軍曹の順番)という士官学校組以外で見ると出世街道を歩んでいる人物。フランクな感じの優しい上司だ。

たしかに彼女の言う通り他の上司に見つかれば説教だな。

「パソコンの画面で何を……おっ、この人今話題の一色中将の奥さんじゃん」

「ロレーヌさんも知っているんですか?」カイルも聞く。こいつはロレーヌ係長の元で研修をしていたから彼女の知り合いの一人だ。

「今ネットで話題だよ」

そう言ってスマホの画面をパソコンモニターにリンクさせて見せる。確かにいくつかのSNSで話題になっている。ネットに上がっているのはそれらの写真だ。

「名前は水上凛歌さん。千百九十九年生まれの二十七歳。一色玲中将とは高校の同級生」

同級生で結婚か……しかも二十七歳。見た目通りまだ若いな。つまり一色玲さんは二十七歳で中将?俺とは大違いだ。

「三人の子持ちで、下の子二人が今年小学校に入学、今年四人目を妊娠」

「ちょっと待ってください子持ちなんですか⁉︎」

「彼女のSNSに子供達との写真があがっているけど。妊娠したってのも」

「まじですか……」カイルがなぜかがっかりしている。こいつは水上さんにとって何者なんだ?

「そもそもなぜこの人がここまで話題に?確かに美人ですけど」

「ああ。これはつい先日の珍事件が。とりあえずニュース番組を」

またしてもロレーヌがスマホの画面とモニターの画面をリンクさせて動画を映す。

これは確か昨日の、中将に昇進した一色中将の第十九艦隊就任演説?

『ご紹介にあずかった一色玲だ。まあ、長々と話すのもつまらないだろうから、とりあえず自己紹介用のスライドを持ってきた。とりあえずこれを見てくれ』

そう言って大画面に映し出されたのは、スライドではなく……

一色中将が妻である水上さんとの記念撮影で不意打ちキスをしていた写真。その画像が大々的に画面にアップされると会場からざわめきが聞こえる。

『やっばっ!』一色中将ははっきりとそう言っている。

一色中将は慌ててパソコンを操作して元のスライドに変えようとするが、その途中にも水上さんとの写真がぞろぞろ出てくる。高校の時の写真、結婚式の写真、デートの時の写真、おまけに水上さんのパジャマ写真。

スライドを出した時にはもう遅い。そしてスライドで自己紹介する前に彼は

『ここで妻の写真を見たというのは忘れてください。これが最初の命令です』

最後にそう言うと会場からは笑いが聞こえた。

そういえばこんなニュースが昨日、珍ニュースとして報道されていたな。

「これが出所。その後、ネット民が水上凛歌さんという人に行き着いた。女のケツを追いかけるのは今も昔も変わらないとはよく言ったものよね」

まあ、確かに。

俺もカイルも妙に納得できた。

女のケツか。俺も大学の頃、好きな子を目で追いかけていたよな。

懐かしい話だ。大学の時に同じゼミの先輩に好きな人がいた。だけど、彼女は高嶺の花。優しくて、見た目もいい。そんな彼女には何もかも平凡な俺では手が届かない。なんて思っていた。

そしてそれは今も変わっていないという事なのかな?

「ですが水上さんはかなり迷惑しているんじゃないですか」

「俺もそう思います」さっき水上さんに子供がいると聞いてがっかりしていたやつが何言っているんだ。

「まあ、そうなんじゃない」

「美人も大変なんですね」

「まあ、見た目が平凡な私達には無縁だね」

「そうですね」

「まあ、白瀬。若い美人子持ち人妻は置いておいて」って、改めて聞くと属性が多いな。

「仕事は急いで。第十九艦隊再編関連の書類が山積みなんだから」

そういえばそうだった……「わかりました」

「ホーキンスは後方支援部に戻って仕事を探しなさい。忙しい総務部に油を売らないで」

「了解です。じゃあ、優希也またな」

「じゃあ、また」

結局、楽しい時間はあっという間に過ぎるというのは本当だ。今頃カイルは呑気にフードコートにでも行っているのだろう。羨ましい。こっちは仕事がまだ山のようにある。

あっ、ここミスがある。

AIも万能ではない。あくまで補助だ。例えるなら人間が自転車の漕ぎ手、コンピューターデバイスが自転車本体、AIは電動自転車の電源のような物だろう。結局人間がいないと何も回らない。

ここにはこのコードを、そしてこっちにはこのコードを。

プログラムや数字を入れていく。この書類処理がメインだろう。そしてたまに、いや、よく来るのが

プルルルル……

電話だ。

「こちら統合作戦本部総務部です」

とりあえず電話に出る。

「この書類にミスがあったのですが、とりあえずデータを送るので修正を。そしてこの書類は経理のではないでしょうか。回しておいてください」

「わかりました。こちらで対処しておきます」

まただ。総務は正直雑用係と言ってもいい。AIでもできそうな各所から送られてくる書類の送付をわざわざ手作業でやったり、古いデータベース情報のAI照合作業、報告書の精査などなど。

本当に全てAIに任せたいものばかり。だけどそこまでの専門AIは導入資金などの関係で実戦部隊くらいにしか配備されない。

しかもAI技術ができてから千五百年近く経つのにAIも人間と同じように少なからずミスをする。いや、ミスするようにできている。

これがプログラムという名のブラックボックスの中で自由にしている代償だろう。それなら自由のないプログラムそのものでやればいいのだが、プログラムはサイバー攻撃に弱いから完全移行はされない。

「人間の負荷を考えて欲しい」

つい言葉に出てしまう。

きっと俺達が汗水垂らして働いているのにあの一色中将は美人な奥さんと一緒にイチャイチャしているのだろう。軍でも指折りのイケメンだからって羨ましい。

「はぁ〜」

一旦モニターから目を逸らし天井を見上げる。高いが無機質なただのオフィスの天井。見ているのが女性ならどんなによかっただろう。

結衣は今何しているんだろう?

同期の中の美人、結衣の事を思い浮かべる。

そういえば飲みに行く約束どうなったんだっけ。

スマホのメッセージアプリを開いて連絡する

『今、何している?』

一旦スマホを閉じた。それなのに、ピロンと通知音が鳴って画面を開く。結衣からだ。

早いな。

『書類と睨めっこが終わったところ。第十九艦隊関連の予算案を国防省に送って、今は承認待ち。そっちは?』

『今、絶賛書類と睨めっこ中。例の第十九艦隊の件の』

送ったら、返信で書類をバァーっと払いのけるスタンプを送ってきた。結衣らしい。

『大丈夫なの?』

『大丈夫。だけどここ数日は飲みに行けなさそう』

『オッケー。じゃあ、書類との睨めっこ頑張ってね。飲みに行く約束。忘れてないから』

スマホを閉じる。同期指折りの美人と今日は飲みに行く。そのうちそれが待っている。それなら頑張れそうだ。

「やるか」

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その戦争の裏側で 平凡な下級士官の日常 皆上響生 @hibi2006

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