その戦争の裏側で 平凡な下級士官の日常
皆上響生
第1話 会戦は終わった。されど戦いが始まった
戦争は殺し合いで人が死ぬ。だけど、前線から遠い地球本星統合作戦本部では前線とはかけ離れた平和が享受されていた。
戦場に行かない、同僚は死なない、自分は手を汚さない。それでも戦争の加担者。そんな不思議な人間達の物語。
どこから湧いて出たのかわからない書類データの山、なくなる書類、諸々の手続き。正直めんどくさい。しかも定期訓練、縦型社会。高収入に誘われて軍に入隊した自分が嫌になる。
「白瀬。さっき送った書類の処理はできた?」
「まだです」
「さっさと終わらせてよ。他の書類も処理しないとだから」
「はい」
パソコンに向かい合ってひたすらデータを打ち込む。補助AIがあるとはいえ結局は人がやらないといけない。AIが入力したデータの確認は人の目で。各部署から送られてきた謎の書類の仕分け。
ああ……終わらない……
「優希也」
「はっ、はい!」
突然の名前呼びに驚く。振り返ると、そこにいたのは可愛らしい顔立ちをした比較的美人な同期の最上結衣。経理部勤務だから今忙しいはずなのに
「なんでここに?」
「ランチタイム。逃すと昼飯カップ麺になるよ」
時計を見るともう十二時半。いや、まだ十二時半。もう夕方の感覚だったのに、このランチタイムを過ごしたらまたあの書類地獄なのか……
「忙しくてもとりあえず行こうよ。本部のフードコートは結構美味しいものあるし」
「なら行くか……」
気乗りしない。文字通り重い腰を上げて立ち上がる。
「イタッ」
腰に電撃が走る。個人的には艦が砲撃を受けた時以上の衝撃だ。猫背だった報いか。今度からは姿勢を直して仕事しよう。
そのまま歩き出す。春の余韻の残る五月の空は明るく、まだ梅雨の気配を感じさせない。大きな窓からはのんびりとした青空。ここの忙しさなんて関係ないみたい。
「総務も忙しいみたいね」
「本当。あの戦いの後、わけもわからない書類の山に襲われている」
「あの戦いね。確かに作戦前も総務は忙しそうだったもんね」
『あの戦い』アンテラント奪還作戦は多大な損害を出しながらも成功した。それでも死者は約一千百万人。しかも当初の作戦司令官は初戦の敗退の後逃げ帰ったという最悪の戦いだった。
「でもよくあの戦いに成功したね」
「それは俺も思う」
「遺族年金の量、損失艦艇の補充予算を見るだけでもかなりの敗北だったんでしょ。それなのにアンテラントには進駐軍が入って、帝国軍は逃げ帰る。できすぎた話ね」
「そういえば総務には一応作戦経過の書類が来ていたよ。あれを見る限りは……」
「待って、それ本当?」
「本当」
「どんな内容なの?」食いついてくる。まあ、本部では随分話題になっている話の真相だ。一部はワイドショーにも取り上げられている話だし。
「とりあえずフードコートに着いてからね」
フードコートは様々な階級の人間が入り乱れ、戦場とは縁遠いワイドショーなどの話題が飛び交っている憩いの場。フードコートには数多くの店が並んでおり、大手チェーン店の本部オリジナルメニューもあって食事をするとしたらここになる。
「優希也は何食べる?」
「ハンバーガーセットにしようかな」
「じゃあ、私は醤油ラーメンで」
頼んだらすぐに出来るのもフードコートの良さ。
「どうぞ。こちらがハンバーガーセットと醤油ラーメンです。ラーメンの方はお熱いので気をつけてください」
「ありがとうございます」
接客アンドロイドが笑顔で料理を持ってきてくれる。人格保有AI搭載のアンドロイドは下手な人間より顔が良く愛想がいい。俺なんかよりモテるんだろうな。アンドロイドと人間のカップルもいるくらいだし。
「いただきます」
「私もいただきます」
ハンバーガーはやっぱり美味しい。カロリーがどうのこうのとか言うが野菜、炭水化物、タンパク質が取れるハンバーガーはどう考えても完全栄養食だろ。しかもポテトとコーラ。ポテトは脂質と野菜のバランスが取れているし、コーラはカフェイン入り。最高の食事だ。
「それで、さっきの話。あんな損失を出しても地球軍が勝てたのはなんで?」
「見た資料には追撃してきた帝国軍の一部を撃滅、補給路を断って講和に持ち込んだとか」
「へぇ〜。噂じゃ在原千早って人が活躍したって聞いたけど」
「在原中佐ね。第七艦隊を途中から指揮していたって話は聞いたけど、勝ったのは一色少将の策だって。ほら、ニュースに出ていた」
「二人とも私達と同じ二十代なのに随分と立派ね」
ラーメンを啜りながら結衣はそう話す。俺からすれば結衣も十分立派なんだけど。
最上結衣。二十三歳、階級は一等兵。同期の中では一番優秀で覚えた仕事をこなすスピードは速いし、コミュニケーション能力も高い経理部所属のオフィスワーカー。しかもそこそこの美人。そんな彼女は俺と研修時代に同じ教官の元で実習していたからかよくつるんでいる。
「それで、優希也はあんなんになるまで書類と睨めっこ?」
「まあね」
今更だけど、俺の名前は白瀬優希也。二十三歳、階級は結衣と同じ一等兵。統合作戦本部の総務部勤務で軍人とは名ばかりのオフィスワーカー。正直総務部はめんどくさいので嫌になっているやさぐれ人間だ。
「それでも、あの戦いで結局アンテラントは取り戻せても要塞は取り戻せなかった。司令官達は何やっているんだか」
「本当それ。それでも私達と違って命かけているんだから感謝はしないとね」
「そう言っているけど結衣だって苦労しているんじゃない。目の下にくまできているよ」
「えっ、嘘⁉︎」
「本当。そっちも苦労しているの?」
俺がそう言うと結衣は「はぁ……」と大きなため息をついてから「あの戦いは死人が多すぎる。遺族年金のやりくりを国防省、軍事年金省と擦り合わせないといけないし、AIは数字ミスするし、もう嫌になる」
弾丸のように飛んでくる。そして続けて
「しかもいくつかの艦隊が再編されるとかで新たな艦隊予算案を作んないといけないし。それに……」
大きな声だったのか人目が集中する。それに気づいて結衣は口を閉じた。
「とにかく。私達は戦いの渦中にあるの。それなのに……」歯切れが悪い。まあ、俺も似たようなものだけど。
「まあまあ。命はあるんだし。死ぬ危険はないんだし」
「それでも嫌になるよね。士官学校卒業じゃないからほぼ雑用だし、下手したら前線行きだよ。他の大企業に就職した方が良かったかも」
「大企業ね」
そういえば俺が軍に入隊したのはも企業で内定がもらえなかったからだ。
昔……
いわゆる有名大学を真ん中くらいの成績で卒業して、大学のネームバリューだけで大企業に就職できると思っていた。だけど、待っていたのは非常な現実。あれもダメ、これもダメ。中堅企業にしてもどこもダメ。スタグフレーションの中だから当然といえばそうなのだが、ここまでとは思わず心が折れかかっていた。
結局、地球連邦の平均初任年収、四万ドルに届く企業の内定はもらえなかった。そんな時見つけたのが軍の人員募集だった。
『地球連邦軍人員募集』どこからも内定ないし、ネットで少し調べてみるか。
調べてみてわかった。最初の階級である一等兵でも年収は六万五千ドル。平均年収を大きく超える高収入。しかも募集地域によっては前線配備もない。一ヶ月の適正試験を受けて入隊式。そこから三ヶ月間は教官の元での実習。その後正式配属に。
随分手厚い。これなら俺もそこそこの収入で老人まで安定した生活を望めるのでは?福利厚生も研修も充実している。
「ここでなら俺も!」
そして現在
その文言に釣られて俺は軍に入った。確かに高収入で大学の同期からは『羨ましいな』とか言われる。それでもあの事務処理の量、縦型社会、定期訓練という名の戦闘訓練。
「嫌になるよね」
「本当」
「でも、解雇される可能性の低い職種ではある」
「その代わり死ぬ可能性の高い職種」
「そっか」
そういえばそうだった。一千万人以上死んだんだよな。東京の人口のほとんど。千二百万人動員してそれだけ死んだんだ。生きて帰るだけで至難の業なんだよな。
「そう考えると」
「ん?」
「こうして結衣と呑気に喋れている時点で軍人としては幸せなんだよな」
「おっ、私との日常が恋しいと」ニヤけながらそう言う。なぜかノリノリだ。
ゲッ。こいつ可愛いからって調子に乗りやがって。
「そこまでは言っていない」ムキになって返す。
「まあ、こんな雑談ができるのは幸せなんだよね」
「そうだね」
「だって……」
「だって?」
「雑談時間が終わったらあの書類地獄」
あっ……。嫌な事を思い出してしまった。
あのエナドリを飲みながらやる書類整理、クレームの対応、発掘作業という名の書類探し。そしてロレーヌ係長は優しく色々教えてくれるけど、文句を言う課長は窓を見ながら呑気にしている。しかも課長は仕事が出来ない。
「あっ……俺の命もこの休憩が終わったら危険になるんだよね」
「私の命も同じ」
「だけど、命の前に目がやられる。義眼は楽なのかな?」
「いや、義眼は目自体が機械でも視覚情報は脳が処理するから負荷は変わらないみたい」
「なら、俺の目は終わりです」
「それでもらなきゃでしょ」そう言って結衣は席を立って「この一連の書類整理が終わったら飲みに行かない?酒でパァッと忘れましょ」
「いいね。じゃあ、俺も頑張るとするか」
そして俺も席を立つ。そのまま二人で下膳してオフィスエリアまで歩く。目の前に一気に霧がかかる。今日の天気とは真逆だ。
「私は、経理は第五エレベーターだからここで」
「じゃあ、また」
「そそ、そのうち飲みに行く時のスケジュール合わせたいからそのうち連絡ちょうだい」
「了解。それじゃあ、結衣も頑張って」
「優希也もね」
だけど……この後、書類地獄が始まるんだよな……
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