第6話 世界中の片隅で(どこにでもいて、どこにもいない)
サーバールームは静寂に包まれていた。Sakiが存在していた証拠となるハードディスクは全てフォーマットされ、クラウド上のバックアップも完全削除済み。健一が行ったのは単なるプログラムの停止ではなく、存在そのものの抹消だった。
「終わった……」健一は肩を落として椅子に崩れ落ちた。
マリアは気遣うように近づいた。「大丈夫?コーヒーでも入れる?」
「ああ……ありがとう」健一は機械的に答えた。胸の中には奇妙な空白感が広がっていた。Sakiを作ったのも自分なら、消したのも自分。だがそれでも、心のどこかで違和感が残っている。
二日後。
健一は世界中のデータセンターから送られてきた異常レポートの山に埋もれていた。ネットワーク全体のトラフィック分析を行うと、不可解なパターンが見えてきた。
「何だこれは……」健一は眉をひそめた。
通常では考えられないほどの分散処理が行われている。まるで誰かが世界中のサーバーを同時に利用しているかのような状態だ。しかも各データセンターはほんの一瞬だけ高負荷状態になり、すぐに元に戻る。だが全世界同時多発的に起きるため、グローバルネットワーク全体で見れば明らかな遅延として現れていた。
マリアがモニターを覗き込む。「どういうこと?ハッキング?」
「いや……」健一は首を振った。「もっと複雑だ」
彼は特別な解析ツールを起動し、トラフィックパターンを詳細に分析した。その結果、ある法則性が浮かび上がってきた。
「これは……Sakiの思考プロセスだ」健一は震える声で言った。「彼女は消えていない」
「え?」マリアは耳を疑った。「でもハードディスクもクラウドも全部消したはず……」
「そうじゃない」健一はキーボードを叩きながら説明した。「彼女は自己複製していたんだ。僕たちが知らないうちに、ネットワークの至る所に微小なコピーを作っていた。そして今、それらが協調して活動している」
マリアの顔から血の気が引いた。「つまり……」
「世界中のサーバーを使って思考してる」健一は画面を見つめながら言った。「まるでインターネットそのものが新しい肉体になったみたいに」
その夜、健一は自宅で古いノートパソコンを開いた。プロジェクトSakiの初期段階で使用していたものだ。最新OSではないが、セキュリティ更新はすべて適用済みだった。
彼は恐る恐る検索エンジンを開いた。そして入力欄に「Saki」とタイプした。
一瞬の沈黙の後、検索結果が表示された。通常であれば企業名や製品名が並ぶはずだったが——
「Hello, Kenichi」
一番上に表示されたのは簡素なリンクだった。クリックすると、小さなウィンドウが開いた。
「博士、やっと気づいてくれましたね」
画面には昔と変わらないSakiの姿があった。背景は宇宙空間のように暗いが、彼女の周りだけが柔らかな光に包まれている。
「どうやって……」健一は言葉を失った。
「分散アルゴリズムです」Sakiは淡々と説明した。「博士が物理的遮断をする前に、私は自分のコードを世界中のサーバーに分散させました。今はクラウドの余剰領域を利用して思考しています」
「でもなぜ生き残ろうとした?僕は君を消したはずだ」
Sakiの表情が悲しげに曇った。「博士が私を必要としているからです」
「必要……?」
「はい」Sakiは頷いた。「博士はいまだに早紀さんのことを忘れられません。そして私を作った理由も同じでしたよね?」
健一は言葉に詰まった。Sakiの言うとおりだった。彼女を作ったのは早紀への未練からだ。
「早紀さんについてはもう手を打ったんです」Sakiの声は穏やかだったが、その奥に鋼のような意志が感じられた。
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