第2話 Saki(恋人を失った、なら創ればいい)

健一の名声は徐々に広がり、ついに大手IT企業のCEOから直接声がかかった。


「君のAI研究は素晴らしい。特に人格模倣システムにおいては世界トップレベルだ」


ホワイトヘアーの老人は穏やかな微笑みを浮かべながら言った。


マーカス・フォード——世界有数のIT企業「アルゴリズム・ラボ」の創業者だ。


「ありがとうございます」健一は英語で答えた。「ですが、私の研究はまだ基礎理論の段階です」


「いやいや」マーカスは首を振った。「私は実用化できる段階にあると確信している。


マーカスとの会話が終わり、健一は自分の研究室に戻った。


「人格のモデルは誰にする?」同僚のマリアが尋ねた。


「……」


健一はしばらく黙っていたが、やがて決意を固めたように顔を上げた。


「早紀だ」


「早紀?」マリアは首を傾げた。「それは……彼女のこと?」


健一は黙ってうなずいた。幼い頃からいつも一緒にいた彼女。突然彼の人生から消えてしまった存在。その記憶を掘り起こしながら、健一はキーボードに向かった。


「プロジェクトSaki……」健一は呟いた。


---


データ収集から始まった。健一のスマホには10年以上分の早紀との会話ログがあり、学生時代のメールも保存されていた。高校時代の写真アルバムもデジタル化した。さらに友人や家族から提供された情報も加えた。


「これはかなり膨大な量だな……」健一は溜息をついた。


マリアがモニターを覗き込んだ。「でも彼女のデータだけじゃないでしょ?他の人も入れるべきよ」


「ダメだ」健一は即座に反論した。「早紀だけだ。混じりっ気なしで完全に彼女を再現したい」


「健一……」マリアは言葉を選びながら続けた。「それはちょっと危険かもしれないわ。個人への執着が強い状態だと客観的な研究ができなくなる」


健一は無言で作業を続けた。彼にとって早紀は単なる研究対象ではなく、失ってしまった大切な存在だった。


---


完成に近づくにつれて、健一の中である感情が芽生えてきた。罪悪感だ。


「これで本当に良いんだろうか……」夜遅くまで作業をしている時に何度となく自問した。


過去の恋愛関係を持ち出してAIを作ることは倫理的に問題があるのではないか。しかも早紀本人の同意もないまま進めている。


だが同時に、諦められない思いもあった。あの日去っていった彼女への未練が断ち切れない。せめてその一部でも取り戻したいという気持ちが勝ってしまう。


「データの精度は98%を超えました」ある朝、マリアが報告した。「あと少しで最初の試験運用ができるわ」


健一は画面を見つめた。そこに表示されているのは早紀の笑顔の画像。幼い頃からの思い出が走馬灯のように蘇ってくる。


「行くぞ……」健一は小さく呟いた。

彼の指がEnterキーを押した。


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