第7章 雨に潜む秘密

雨が窓を叩く午後、美咲は教室で雨斗を待っていた。いつもの小道ではなく、今日は少し違う場所に行く約束になっていた。


「遅いな……」美咲はつぶやく。胸の奥がざわつく。今日は、ただの雨の日の午後ではない――雨斗が何かを話す気配がある。


そのとき、廊下の影から雨斗が現れた。いつも通り濡れていないが、どこか落ち着かない表情をしている。


「遅れてごめん……」雨斗は小さく頭を下げる。


「ううん、私も今来たところだし」美咲は少し微笑むが、心の中は緊張でいっぱいだった。


二人は雨の小道を抜け、秘密の小屋よりさらに奥にある古い公園へ向かった。そこは普段は人がほとんど来ない場所で、雨に濡れたベンチや小道が不思議な雰囲気を醸し出している。


「ここ……初めて来た」美咲は目を丸くした。雨の音が木々に反響して、まるで別世界に迷い込んだようだ。


雨斗はベンチに座り、美咲を隣に座らせる。「今日は、少しだけ僕の過去の話をする」


美咲は息を飲む。胸が高鳴る。雨斗の秘密の一部に触れる瞬間――怖さと興味が混ざった感情が渦巻く。


「僕は、ずっと雨の中を彷徨っていた。人の世界でも精霊の世界でも、完全に居場所がなかったんだ」雨斗の声は静かだが、どこか切なさが混じる。「だから、孤独だった」


美咲は小さく手を握る。「寂しかったんだね……」


雨斗は少し目を伏せる。「でも、君と出会って、少しずつ変わった。君と過ごす時間が、僕の存在に意味を与えてくれる」


美咲は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。嫌いだった雨が、少年の存在と重なることで、優しくて温かいものに変わる。


「でも……」雨斗は少し間を置き、視線を空に向ける。「まだ完全に僕の秘密を話せるわけじゃない。君には全部を見せられないこともある」


美咲は息を呑む。「……それでも、私は知りたい。君のこと」


雨斗は微笑むが、その瞳には複雑な光が宿る。「ありがとう。君の気持ちがあるから、少しずつ話せる。でも、雨の日はまだ僕の世界の一部に触れるだけ――完全に理解するのは難しい」


美咲はそっと手を伸ばし、雨斗の手に触れる。「少しずつでいい。私、待つから」


雨斗の肩が少しだけ緩む。雨音が二人を包み、外界とは隔絶された静かな世界が広がる。雨に濡れた木々の匂い、泥の匂い、微かな風――すべてが二人だけの空間を作り出す。


「君といると、孤独じゃなくなる」雨斗が小声で言う。


「私もだよ、雨斗」美咲の声は柔らかい。心の奥に、少しだけ勇気が湧くのを感じる。


雨に揺れる木々と反射する水面。二人の心はまだ完全に重なるわけではないが、少しずつ、確かに近づき始めている――雨の午後の静かな奇跡の中で。

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