第5章 雨に隠された過去

ある雨の午後、美咲はいつものように傘を差さずに校庭の小道を歩いていた。雨斗は彼女の横に静かに寄り添う。


「ねえ、雨斗」美咲が小さく切り出す。「あの……どうして君は雨の日にだけ現れるの?」


雨斗は少し考えてから答えた。「僕はね、もともと人間じゃないんだ。雨の精霊に近い存在……かな」


「精霊……?」美咲の目が大きく開く。驚きと戸惑いが混ざり、思わず手が傘の柄を握り直す。


「そう。でも、心配しなくていい。君に害を与えるわけじゃないから」雨斗は柔らかく微笑む。「むしろ、君と過ごす時間が、僕の存在意義みたいなものなんだ」


美咲はしばらく黙る。雨の音だけが二人の間に響く。普通では考えられない話に、頭は混乱していたが、心のどこかで不思議と安心している自分に気づく。


「……なんで私なんかに?」思わず呟く。声は震えていた。


雨斗は空を見上げ、静かに答える。「君は、雨を嫌う人だから。雨を嫌う君だからこそ、僕が意味を持つ。君と雨の間に、少しだけ特別な時間を作れる」


美咲は息を呑む。嫌いな雨が、少年と一緒にいることで少しだけ特別に見える――不思議な感覚が胸に広がる。


「でも……精霊って、どこから来たの?」好奇心が抑えきれずに尋ねる。


雨斗は少しだけ沈黙し、遠くを見るような目をした。「それは……長い話になる。でも、君にだけ教えるなら……僕は、ずっと雨の中をさまよっていたんだ。人の世界と精霊の世界の間を、ずっと」


「さまよってた……?」美咲は小さく息を吐く。「孤独だったんだね」


雨斗は頷き、少しだけ肩を落とす。「うん。でも、君に会えたから、少しずつ変わり始めた。君と一緒にいる時間が、僕に生きる理由をくれる」


美咲は言葉が出ない。ただ、雨の中で少年の瞳を見る。そこには確かな存在感と、温かさがあった。


「……私も、少しずつ……君といる時間が、嫌じゃなくなってきたかも」小さく、でも正直な気持ちを口にする。


雨斗は微笑む。「それでいいんだ。無理に好きになる必要はない。ただ、君の心が少し揺れるだけで、僕は嬉しい」


その瞬間、雨の中に微かな光が差し込み、小道の水面に反射する。二人だけの世界に、静かだが確かな変化が生まれた。


「ねえ、雨斗」美咲はさらに小さく、でも少し笑みを浮かべて尋ねる。「これからも、私と一緒にいてくれる?」


「もちろん」雨斗の声には揺るぎがない。「雨の日の約束は、永遠だから」


美咲は小さく頷き、雨音に耳を澄ませる。雨に隠された過去と秘密はあっても、今はただ、この瞬間を大切にしたい――そう思える時間だった。

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