第3章 雨の迷路と秘密の場所
翌日の午後、雨は昨日より強く降っていた。美咲は教室の窓から外を見つめていた。雨に濡れる道、跳ねる水滴、灰色の景色――すべてが重く沈んで見える。
「外に行こう」突然、背後から声がした。振り向くと、雨斗が窓の外を指さしていた。濡れることを恐れる美咲は一瞬たじろぐ。
「え、でも……私、雨に濡れたくないし」言い訳が先に出る。
雨斗は笑った。「だから、濡れない方法を知ってるんだ。少しだけ、ついてきて」
半信半疑のまま、美咲は雨斗の後をついていく。廊下を抜けると、校庭の端に小さな小道があった。雨に濡れた地面も、雨斗の足元だけは乾いている。
「どうして濡れないの?」美咲はつい聞いてしまう。
「それは……秘密」雨斗はくすっと笑い、先を歩き続けた。「でも、君にだけは教えてもいいかもしれない」
小道の先には、古い木造の小屋がひっそりと立っていた。窓には雨粒が付いているが、外の雨音が柔らかく反響して、まるで別の世界に迷い込んだようだ。
「ここ……?」美咲は驚きと戸惑いで立ち尽くす。
「うん。雨の日だけ開く場所。僕が知ってる、君と僕だけの特別な場所だ」雨斗の目が光る。
美咲は足を一歩踏み出す。湿った土の匂い、雨音のリズム、少年の存在。すべてが不思議に心地よく感じられる。
「ねえ、なんで私にこんなことしてくれるの?」問いかける声に、雨斗は少しだけ視線を逸らした。
「僕は、雨を嫌う君だからこそ意味がある。君に雨を少しでも好きになってほしいんだ」
美咲は驚きと照れで顔を赤くする。「好きになんて……無理だと思う」
「無理でもいいんだ。少しずつでいい」雨斗は木のベンチに腰掛け、美咲の隣に手招きする。「座ろう。雨の音を聞きながら、ただ一緒にいるだけでいい」
美咲はためらいながらも、そっと隣に座った。雨の匂いが二人の間に漂い、微かな緊張感が混ざる。
「……あのさ、雨斗」美咲は小声で切り出す。「本当に君は人間なの?」
雨斗は少し考えてから答える。「うーん……人間じゃない、って言ったほうが正しいかも。でも、君には人間に見えるようにしてる」
美咲は目を見開いた。「なんで……そんなことできるの?」
「不思議な力って言えば簡単かな。でも、僕の力は君と雨の間にだけ意味を持つ。君にしか見せられない」雨斗の瞳が柔らかく光る。
美咲は息を飲む。嫌いだった雨が、少しだけ違うものに見える。怖さや湿気ではなく、少年と共有する特別な時間――それが心を少し温めてくれる。
「……なんだか、少し落ち着くかも」思わず漏れた言葉に、雨斗は笑顔を返す。
「それでいいんだ」雨斗の声は穏やかで、雨音に溶けていく。「雨の午後は、君と僕だけの秘密の時間。無理に好きにならなくても、ここにいるだけで意味がある」
小屋の窓に映る二人の姿。雨音が優しく包み込み、外の世界とは切り離された時間。美咲は少しずつ、自分の心が開かれていくのを感じた。
「ねえ、雨斗……」小さく呼ぶ。
「うん?」
「……また来てもいい?」声は震えていたが、期待の色も混じっている。
雨斗はにっこり笑い、手を差し出す。「もちろん。いつでも来て。雨の日にだけ現れる僕と、君だけの約束だから」
美咲は手を取り、そっと握り返す。雨の迷路の中で、二人の心は少しずつ重なり合っていく。
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