第2章 雨のリズムに揺れる心
放課後の教室は、雨のせいで薄暗く、窓際の席には水滴が流れていた。美咲は机に突っ伏しながら、雨斗のことを思い出していた。
「本当に、あの子……いるのかな」小さく呟く。声に出すと、自分でも少し笑ってしまった。まるで夢の中の出来事のように思えたが、雨の匂いと、廊下に残る微かな足音は現実を証明していた。
その時、教室のドアが静かに開く。
「美咲!」雨斗がすっと入ってきた。制服は濡れていない。水滴も一切ついていない。まるで雨が彼を避けているかのようだ。
「……また来たの?」美咲は顔を背ける。心臓が少し速くなるのを感じた。
「うん。約束だから」雨斗は席の横に座り、机に手を置いた。「今日は、少しだけ君に雨を見せたいんだ」
「見せたいって……見たくないけど」美咲は渋い顔をする。雨を嫌いながらも、どこかで興味を持ってしまう自分がいることに気づき、困惑した。
雨斗は小さく笑った。「強制はしない。ただ、一緒にいるだけでいいんだ。雨が苦手な君には、僕がいる意味があると思うから」
美咲は目をそらす。少年の言葉は理解できるようで、理解できない。胸の奥が不思議にざわつく。
「でも、あんたみたいなのがいると、すごく落ち着かないんだよね」小さく吐き捨てるように言った。
雨斗はうなずきながらも、笑顔を崩さない。「それでいいんだ。君の心が少しでも揺れるなら、僕は嬉しい」
美咲は思わず顔を上げる。心臓が早鐘のように鳴り、頬が熱くなるのを感じた。「……揺れる? そんなこと、言わないでよ」
「でも、事実だよ」雨斗は指を窓ガラスに軽く触れ、外の雨粒をなぞった。「雨の音に合わせて、君の心も少し揺れている」
美咲は視線を逸らした。どうして自分の気持ちをこんなに簡単に見抜けるのか、不思議でたまらなかった。
「ねえ……」雨斗が静かに問いかける。「君は、雨の中で何を思う?」
「……いや、何も。嫌なことしか思わない」美咲の声は小さいが、どこか震えていた。
雨斗は黙って頷いた。「分かった。嫌いなままでいい。ただ、僕と一緒なら、少しだけ雨も悪くないって思えるかもしれない」
美咲はその言葉に、胸の奥で少しだけ温かさを感じた。嫌いなはずの雨が、少年の存在と重なることで、まるで違う色を帯びて見える。
「……なんで、私にそんなこと言うの?」美咲は問いかける。
雨斗は真剣な目で見つめる。「君だから。雨を嫌う君だから、僕は意味がある。君の毎日が少しだけ特別になるように、僕はここにいる」
美咲は一瞬息を止めた。心が強く揺れるのを感じながらも、まだ言葉にする勇気が出ない。雨音が二人だけの世界を包む。
「……分かった」やっと、小さな声で答える。
「うん」雨斗は静かに微笑んだ。その微笑みは、まるで雨の光を集めたかのように柔らかかった。
その日の放課後、教室の雨音は二人の心のリズムと重なった。互いに距離はまだあるけれど、少しずつ歩み寄る感覚。雨の午後は、二人にとってこれまで感じたことのない不思議な時間となった。
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