第8話 その子を好きになってはいけない
松城くんが、学校の屋上から飛び降りて死んだ。
聞いた話によると遺書が残されていたことから警察は自殺として処理する方針とのことだった。
ちなみに遺書の内容はこうだ。
俺には君を好きになる資格はないと自分でも分かってる。
一途で優しい人間を装ってたけど、正直中学の時は彼女を取っ替え引っ替えしてたこともあった。自分の自己中心的な行動で傷つけた子だって何人もいる。最悪な男なんだ俺は。
そして何より、稀歌がタチの悪いナンパにつきまとわれたあの出来事、あれは、本当は俺が中学の時の同級生に頼んで仕組んだ自作自演だったんだ。
相手に怖い思いをさせてまで、そんな嘘をつくりあげてまで相手の心を掴もうだなんて心底卑怯な真似だと思う。今じゃ本当に自分のクズさに嫌気がさしているよ。
だからこそ、この報いは当然のことだと思う。稀歌には恨まれて当然だ。
そんな今の俺には、君を好きになる資格なんてない。
だから俺は、自分自身を殺そうと思う。
今私は、クラスメイトとして松城くんのお葬式に来ている。私は特に何も感じることはなかったのだけれど、隣の稀歌の顔つきはこの世の終わりのような悲愴ぶりだった。
「なんで……和希くん……どうしてえええっ」
人目も憚らず、稀歌はその場に泣き崩れた。
「私は和希くんのことが大好きだったのに……ただあなたが隣にいてくれればそれだけでよかったのにぃ……」
彼女の涙は本物だ。嘘偽りなく、稀歌は松城くんのことが大好きだった。
けれど、松城くんは稀歌に相応しい人間ではなかった。それだけのことだ。
というよりも、稀歌に相応しい人間なんてこの世には存在しない。
「大丈夫、稀歌」
優しく肩を抱くと、嗚咽しつつ稀歌は私の胸に頭を預けてきた。
「……ありがとう、七海ちゃん」
稀歌は今、悲しみの真っ只中で私を心の拠り所にしている。
それが……たまらなく嬉しい。
「悲しいよね。つらいよね。泣いていいんだよ。私がずっと側にいるから」
「ありがとう……ありがとう……七海ちゃん」
そう言ってまた声を上げて泣き始める稀歌。ああなんて可愛らしい。
私はこれからもこの子を守り続ける。
この子に近づく不埒な人間どもから。どんな手を使ってでも。
誰も、この子を好きになってはいけないのだ。
不意に松城くんのご両親が歩み寄ってきた。
「あなた達、和希のお葬式にきてくれて、一緒に悲しんでくれてありがとうね。よかったら、お名前を聞かせてもらってもいいかしら」
涙声ながらも気丈な振る舞いに応えようと、稀歌は涙を拭って声を絞り出す。
「……舞鶴……稀歌です……」
ここは私も答えておくべきだろう。
稀歌以外の人と話すのは苦手だけれど、精一杯悲しげな声をつくって答えた。
「──七海その子です」
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