第7話 好き

 次の日から、俺は家に引き篭もった。

 稀歌からの着信とメッセージが鳴り止まなかったけど、全部無視した。


『どうしたの』

『なんで出てくれないの』

『私なにかした?』

『お願い、お話しささせて』

『別れたくない』

『絶対に別れたくない』

『私は和希くんのことが大好きなの』


 嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。

 稀歌は俺の嘘に気づいてる。それに怒って、恨んで、俺を中学時代の男達と同じ目に遭わせようとしてるんだ。


『今、和希くんの家の前にいるの。お願いだから入れてくれないかな』


 細心の注意を払って薄くカーテンを開く。

 ……いる。本当に家の前に、稀歌がいる。

 俺は布団をかぶって耳を塞ぐ。

 嫌だ。絶対出ない。出たら終わりだ。消えてくれ。消えてくれ。消えてくれ。


 しばらく経って、また通知が鳴った。

 恐る恐る見てみると……稀歌ではなく、七海だった。


『いきなりごめんなさい。今、松城くんの家の前にいます。もしよかったら少しお話しさせてください。力になりたいです』


 カーテンを薄く開ける。そこに立っていたのは、確かに七海だった。

 自室に招き入れると、七海はかつて稀歌も座ったゲーミングチェアに静かに腰を下ろした。

 まず、七海はなにかが入った袋を差し出した。


「……これは?」

 いつものフリック入力。七海からのメッセージ。

『玄関のドアノブにそれがかけられてた』


 中身を確かめて……俺は戦慄した。

 砕かれたスマホが二台と、俺達の高校のものとは違う二枚の学生証。

 それらに、俺は殊更に見覚えがあった。

 何故なら、それは俺と稀歌が距離を縮めるきっかけになった、あのナンパ男子ふたりのものだったからだ。


「お終いだ……お終いだ……俺もやられるんだ」


 絶望のあまり錯乱しかけた俺を……不意に七海が優しく抱きしめた。


「な、七海……?」


 呆けた顔で七海を見つめると、彼女は──初めて笑顔を見せた。あどけなく、可愛らしく、俺を安心させてくれる微笑みだった。


『大丈夫。私が穏便に稀歌と別れさせてあげるから。稀歌は私の言うことは聞いてくれるから。だから大丈夫』


 それは、俺を地獄から救ってくれる言葉だった。

 救ってくれる。助けてくれる。解放してくれる。

 七海が、この言いようもない死の恐怖から。


「ありがとう……七海……本当にありがとう……」


 みっともなく泣きじゃくりながら抱きつく俺を、七海はいつまでも優しく抱きしめ続けてくれた。

 いつしか俺は、彼女に感謝以外の感情を抱きつつあった。

 可愛い。優しい。落ち着く。ずっと、ずっと一緒にいてほしい。


 ああそうか、俺はこの子のことが──。


 その夜、俺は机に向かい、白紙の上にペンを走らせた。いつだか彼女が言っていたからだ。告白されるなら手紙がいいと。

 だから俺はありったけの想いを手紙に込める。

 己の罪も、醜さも、全てさらけ出した上で、彼女に対する心からの愛を綴るのだ。

 夜も更けた頃、ようやくペンを置いた俺は、彼女にメッセージを送った。


『君に渡したいものがあるんだ。明日の放課後、屋上で待ってる』

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