第5話 稀歌の過去

 無心で弁当の中身を胃袋に詰め込んだ俺は、適当な理由をつけてトイレに駆け込むと大便器の中に全てを嘔吐した。


 出し切っても吐き気は治まらず、胃液まで搾り出してようやく落ち着く。水道水で何度も口を濯いで、拒否したがる心を無理に押し込めて教室に戻ろうと廊下を歩いていると、正面から七海が歩いてきた。

 どうやら七海もトイレを目指して来たようだ。おどおどした足取りですれ違おうとした彼女を、俺は思い切って呼び止める。


「七海」

 びく、と肩を震わせて足を止めた七海がこちらを見やる。

 訊くべきか悩んで……けれど、やっぱり訊くことにきめた。

「お前、稀歌と幼馴染みなんだよな。あいつは、その……変な奴じゃないよな?」


 適切な言葉が選べたとは思えなかった。でも、稀歌と仲がいいであろう七海に対してはそういう訊き方が精一杯だった。

 七海は小さく口を開く。が、声が出せない。慌ててスカートのポケットを弄る七海だったが、その動揺ぶりからスマホを教室に置いてきたのだと察せられた。


「ほら、メモ帳機能を使えよ」


 俺が自分のスマホを差し出すと、受け取った七海は悩むような素振りを見せつつ、フリック入力をしたりじっと画面を見つめたりをしばらく続けていた。

 四、五分ほど経っただろうか。ようやく文字を打ち終えたらしい七海は、恐る恐るといった仕草で俺にスマホを返す。

 メモ帳にはこう書かれていた。


 『稀歌は悪い子じゃない。可愛くて、一途で、一生懸命で、逆にあの子に相応しい相手がいないくらいに素敵な子。たまに思い込みが激しかったり、ヤキモチを焼いちゃったり、怒るとこわいところもあるけど、とっても素直で優しい子。私はそう思ってる。……でも、あの子の周りで変なことが起きたことはある』

「周りで変なこと……? それってなんだよ」


 再びスマホを渡すと、七海は書くべきか迷うような素振りを見せつつ……やがて指を走らせた。

 スマホを受け取って、画面を見る。

 ──その瞬間、俺は首筋に刃物を突きつけられたかのような恐怖を覚えた。


『中学時代、稀歌と付き合った男子が二人いたけど、二人とも死んでしまった』

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