第4話 手作り弁当
通り魔騒ぎから数日経った。犯人は捕まっていないが、新しい被害は出ていない。
生徒達の動揺も落ち着きつつある中、俺は今日も今日とて稀歌と机を突き合わせて昼食に臨もうとしている。
ただ、今日の昼食はいつもと違う。
「はいこれ、和希くん」
少し恥ずかしそうにしながら稀歌が差し出したのは、水玉模様の風呂敷に包まれた弁当箱だ。
「ありがとう稀歌。稀歌の手作り弁当が食べられるなんて最高に幸せだよ」
念願だった稀歌の手作り弁当に心躍らずにはいられない。
「もう大袈裟だよ和希くん。でも美味しいか心配だなあ。私、料理下手だから」
不安げな顔をする稀歌の両手の指先は確かに絆創膏だらけだった。怪我をさせたと思うと少し申し訳なくなる。
「そうなんだ。稀歌はなんでも器用にこなせるイメージだから意外だな」
「私にも苦手はあるんだよお。でも実は今朝ね、わざわざ七海ちゃんが家にきてくれて手伝ってくれたの。七海ちゃんは料理上手だから助かったよ。やっぱり持つべきものは親友だね」
「へえ。それも意外だな」
「さ、それじゃ食べよっか」
稀歌に促されて風呂敷を広げて弁当箱の蓋を開ける。すると現れたのは、艶やかな白米と、彩り豊かで美しいおかず達だった。
「いただきます」
期待に胸を膨らませて、俺は醤油出汁で味付けされているように見える濃い色のだし巻き玉子を口に運んだ──。
「どうかな?」
目を輝かせて訊ねてくる稀歌に、俺はなんと答えればいいのかわからない。
……それは、あまりにも臭い。調味料の加減を間違えたとかいう類いのものではない。何か根本的に、通常入るはずのないものが入っている。まるで鉄かなにかのような──。
「お、美味しいよ」
「本当? それじゃ私も食べてみようかな」
そして稀歌もだし巻き玉子を自身の口に運ぶ。
「んー美味しい。上手にできたみたいでよかったあ」
信じられなかった。人の味覚に差はあれど、真っ当な人間が美味いと感じる味じゃないはずだ。
「私ね、好きな人に手作りの料理を食べてもらうのが夢だったんだ」
不意に稀歌は語った。
「だって手作り料理には全部を込めることができるから。真心も愛情も、自分自身の中身全部を込められるって私は思うの。だからそれってつまり、私を食べてもらうことかもって、そう思っちゃったりもするんだよね。きゃっ、恥ずかしい」
「自分自身の、中身……」
そこで僕は改めて稀歌の両手に目が留まった。
絆創膏だらけの指先。切り傷。流れ出す真っ赤な血液。鉄の味──。
「うっ」
思わず吐き気が込み上げる。
すんでのところで堪えつつ稀歌を見やると、彼女は恥じらうように頬を朱に染めて、すっと俺の耳元に唇を寄せた。
「ねえ和希くん。私のこと、食べてくれる? ふふ、冗談だよ」
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