第3話 通り魔

 とある放課後のことだった。

 いつものように稀歌と一緒に下校しようとした俺は、「職員室に用事があるから昇降口で待ってて」という彼女の言葉に従っていた。

 すると不意に二人の少女から声をかけられた。


「あの、隣のクラスの松城くんだよね?」

「え、うん」

「あ、あの、私達前から松城くんと仲良くなりたいなって思ってて、よかったらこれから一緒にカラオケとか行かない?」


 雁来美世かりきみよ佐川由美里さがわゆみりと名乗る二人は着崩した制服に高一らしからぬ濃いめのメイクをしており、いわゆるギャル系の女子だった。ただ、二人とも顔は結構可愛かった。


「あーえっと……」

 なんと答えたものか悩んでいると、俺と女子二人の隙間にぐいっと影が入り込んだ。

「ごめん。私の彼氏にちょっかいかけないでくれるかな?」

 稀歌だった。顔は微笑みをたたえているが、その声音はいつもより一段階冷たかった。

「えっ、舞鶴稀歌?」

「舞鶴さんって、松城くんと付き合ってたの……」

 どうやら彼女達は本当に知らなかったようだ。けれど稀歌の声色に潜む鋭さが和らぐことはなかった。

「もう付き合い始めて一週間以上経つんだけどな。ちゃんと把握してもらっててもいいかな?」

 すると雁来と佐川はあからさまに怒りをあらわにした。

「なによその言い方。ちょっと自分が可愛いって評判だからって調子に乗りすぎじゃない?」

「マジでそれ。ていうかあんたくらい可愛い子なんて他にいくらでもいるんですけど。勘違いしないでくれない? ねえ松城くん、こんな性悪女なんてやめといた方がいいかもよ」


 それからも怒涛のごとく罵詈雑言を捲し立てたのち、二人は去っていった。

 稀歌は落ち込んだ様子で言った。


「確かに最初に突っかかった私が悪かったよね。ごめんね和希くん。こんな性悪が彼女なんて嫌だよね」

「なに言ってんだよ稀歌。稀歌は性悪なんかじゃないよ」

「それに私よりも可愛い子なんてたくさんいるし……なんならあの子達の方が顔可愛かったし……」

「そんなわけないだろ。稀歌の方が断然可愛いよ」

「……ありがとう、和希くん」


 その日はなんとか稀歌を慰めつつ一緒に下校した。あまりに稀歌が気落ちしていたので、繁華街で遊ぶのはやめにして早々に別れて帰路についたのだった。

 それから数日経つ頃にはその出来事も忘れかけていたのだったが、ある朝登校したところ、校内を物々しいニュースが駆け巡っていた。


「ねえ、昨日の夕方、隣のクラスの女子が通り魔に遭ったんだって」

「え、マジ」

「マジマジ。しかも二人。雁来って子と佐川って子らしいよ。死んではないらしいけど、包丁で顔を切りつけられて酷い傷ができちゃったんだって」

「うわー可哀想。てかこわいねえ」


 聞き覚えのある名前に背筋がぞわりとした。隣のクラスの女子。雁来と佐川。間違いない、あの日の二人だ。彼女達が通り魔に襲われて、顔に酷い傷を負わされた……。

 不意に稀歌の方を見る。すると俺に気づいた稀歌が不安そうな顔で駆け寄ってきた。


「あ、おはよう和希くん。通り魔の話聞いた? 隣のクラスの女の子が二人も襲われちゃったんだって。こわいよねえ」

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