第二の断片「リンとの出会い」

月之屋に戻って三日目。俺はまだ、布団と人生について語り合っていた。

というより、布団から出る理由が見当たらない。朝? おはよう?

この国にそんな習慣あったっけ?

あるんだろう、世界中に。

だがしかし、俺はそんなものは認めない。

ここは俺の要塞。王国なのだ。

なんぴとたりともこの布団をめくる事は許されない。

すなわちそれは俺という国の領土を侵害する行為。

伝令!我が領土を朝日という名の侵略者が狙っている!

直ちにこの空を暗黒の闇に染めるのだ!

俺の願いもむなしく、雀の声だけが鳴り響く。

むなしい。やはりこれが現実か。現実に引き戻されるのは嫌だ―!

…でもな、そんな俺のぐーたらライフにも、唐突に事件は起きる。

ギ……ギギ……

何?なんだこの音。朝からホラー?そういうお約束は夜からだよね?

足音は確実に近づいてくる。

うちの廊下、ギシギシ音鳴るから誰か来るとすぐ分かるんだよな。

忍者の忍び足も真っ青の足音センサー付き。

ん?音が……止まった。

俺の部屋の前で、ぴたっと。

トン……

来たよ、来ちゃったよ。

静かな夜に鳴り響く、戸を叩くやたら丁寧なノック。

―トン、トン。

ん? 風か? いや違うな。風はノックはしない。

そんな上品な子に育てた覚えはないぞ。

でもね、あえて俺は開けないの。知ってるんだ。

こういうのは開けた奴が先に終わっちゃうんだよ。

ホラー小説でもお決まりのお約束。

だってまだ、俺が登場したのさっきの第一章だよ?

朝日を拝んでゲームオーバー?

そりゃないでしょ。第二章。宗次郎、完。

じゃないよ!

ここは全力でフラグを叩き折る!

―トン……トン、トン。

しつこいな。セールス? 宗教? 湯宿のくせに営業来んの?

ホラーの業界も飛び込み営業ってあるの?不景気になったもんだねぇ。

つか、勧誘お断りって書いとけよ、俺の馬鹿!

「……んだよ、もう……」

怖がりつつも、怖がってない風に言うのが男ってもんだ。

ガタガタ震えながら襖に手をかける。

怖いんじゃないよ?寒いんだ。朝は苦手だからね。俺の要塞は移動型にも変えられるのだ。

布団に包まったまま、這うようにして襖の前へ。

―トン……トン、トン。

ギ……カラ……

はい、開けましたよっと――

俺は軽く絶句した。

正座。無言。和服の少女。

え、こわ。ホラーの導入? 俺だけ貞子の呪い受けちゃった?時代間違えた?

「……あのさ、うち、〝貞子の湯〟とかやってないから」

少女は一言も発せず、ぺこりと頭を下げた。

あ、あれか。新入りの仲居? にしても……無口だ。愛想が全然ない

試しに、部屋に入るように手で合図すると、素直に立ち上がってすぅっと中に入ってくる。

なんか、動きが忍者っぽい。というより、気配を感じさせない。た、ただ物じゃないな。

俺が布団に逆戻りすると、彼女は着物の袖から紙と墨筆を取り出して、さらさらっと書き始めると、俺の顔の前に紙を突き出した。

一枚目

《リンと申します。仲居見習いです》

二枚目

《音が聞こえません。話すことも得意ではありません》

三枚目

《何かある時は、この紙に書いてください》

マジメだ。めっちゃマジメだこの子。

どこの真面目製造工場から派遣されて来たのかってくらいの丁寧さ。

ていうか、事務的! でもその不愛想な感じ。これはこれで、悪くない。

鞄の中を漁り、ゴソゴソと手帳と万年筆を見つけ出すと、急いで返事を返す。

宗次郎一枚目

《よろしく。俺に用事?》

リン四枚目

《女将さんに頼まれました》

リン五枚目

《介錯に》

……介錯!? 切腹前提かよ!?


【説明しよう。日本では、自分が悪いことをした責任の取り方で、腹を切る時に、見届け人としてとどめをさす為に隣に控える人を介錯と呼ぶのだ。】


朝起きなかっただけで俺、腹斬らないといけないの? 初対面のリンが見届け人?

あの野郎、なんて鬼婆だ。鬼退治だ!こうなったら、とことん鬼退治に出向いてやる。

まずは、犬、サル、キジを探す所からだな。しかし、キビ団子は誰から貰えばいい?

リン六枚目

《介抱》

え?介抱?解放じゃなく?

俺の体から物理的に魂を解放して、あ・げ・る。とかじゃないよね?

黙ってると怖いから何とか言ってよリンちゃん。

リン七枚目

《字を間違えました》

リン八枚目

《若旦那様の世話をするようにと。》

思わず思考が働かず、目が点になりそう。

そ、そっかー。だよねー。いくら母さんでも寝坊したくらいで『腹切り』は無いよねー。

頭を切り替えて、筆談を続ける

宗次郎二枚目

《ここ、長いの?》

リン九枚目

《一か月ほどです》

そっか。一か月でここまで無言を貫けるの、逆にすごい。

俺には無理だな。三日黙ったら腹から声の出し方を忘れる。

リン九枚目

《何か御用は?》

用事か、うーん。今さっき出会ったばかりで用事と言われても。

色々段取りとかあるよなー。

俺、ノープランで行くのは悪いし何がいいかなー。

リン十枚目

《用事が無ければ、失礼します》

そのまま彼女は紙と筆をしまい、立ち上がる。

……が、なぜか戸の前で止まる。長い沈黙。

なんか言いたそう? でも言わない。けど帰らない。

俺、こういう空気苦手なんだけど。

リンの肩がぴくりと動いた気がした。

どうしたの?リンちゃん、もしかして今度こそホラータイム?

急に体から別の生命体が出て来るとかやめてよね。

彼女は振り返らず、そっと襖を閉めていった。

よく分からないが、マイペースで天然さがある感じだな。

「……やべ、朝飯、頼んどきゃよかった……」


noteで挿絵付公開中です。

https://note.com/girlofnosound/n/nd216bf640ca2

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次の更新予定

2025年12月31日 21:00
2026年1月3日 21:00
2026年1月10日 21:00

The Girl of No Sound【音のない少女】リンにしか聞こえない声 Lulu @girlofnosound

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