第3話 扉をしめる
5・『brand new day』
お正月にはお屋敷にメイドの書き初めを展示した。
まるで小学校みたいね、って笑いながら。
私が書いたのは「不屈のメイド魂」
そして「水でもかぶって反省しなさい」
――これは、ある好きなキャラの決め台詞だ。
それを見た旦那さまがすかさず、
「あなたはセーラーマーキュリーが好きなんですか?」とツッコミを入れてくれた。
そう、こういうやり取りができるのがメイド喫茶の優しい所。
私はもう迷わないし、また恥ずかしいなんて思ったら
マーキュリーにバケツで水でもかけてもらわなくちゃね。
最初はどんな人たちが働いてるのかしらってドキドキしたけど、そこにいる女の子たちも本当に多種多様。
学生さん。
コスプレイヤーさんや色んなオタクの女の子たち。
役者や声優のお勉強をしている人たち。
主婦だっている。
私もこのどれかに属しているけれど、それはまた別のお話。
みんな何かに一生懸命で、少数派なものを好きでいるからこそ人に優しいところが私は好き。
ここで働く自分のことも前よりずっと好きになれたんだ。
6・『お屋敷の一員』
お屋敷ごとに自慢のメニューというのがある。
当お屋敷ではメイドの手づくりスコーン。
その日のキッチン担当メイドがお給仕の合間にせっせと生地をこねる。
フレーバーも色々。
チョコチップ、ドライフルーツ、シナモン、抹茶。
季節のイベントに合わせて変えられるのもいい所。
紅茶とスコーンのセット「クリームティー」は
常連の旦那さま方がいつも頼んでくださる定番メニューになった。
作り方もそんなに難しくなく、私でも旦那さま方に召し上がっていただくものが作れるんだと思ったらすごく嬉しかった。
それでやっとこのお屋敷の一員になれた気がしたの。
「ちょっと!もう上から数えた方が早いくらい先輩なのに何言ってるんですか!
みんな先輩のこと大好きですよ」
私の話がすっとぼけているので
隣で一緒に大きな窓を磨いていた後輩メイドに笑われた。
「この大きな窓から見える景色を眺めるのが好きなんだよね。なんかここだけ別世界みたいで不思議な気持ちになるね」
私はクリーナーを吹きかけ、白い布巾で上から下へ拭きあげる。
「わかります!ここが自分たちの家みたい」
「お屋敷だから、ホントにそうだよ」
「確かに」
2人でクスッと笑った。
「あとは私がやっておくから、サンドイッチの仕込みをお願いしてもいい?」
「はーい!」
後輩は元気に返事をするとスカートのフリルを翻して去っていく。
だから一生懸命、磨いちゃう。
この窓をぴっかぴかに。
今日も誰かとこの景色を見たいから。
7・『扉をしめる』
それでもやがて――幕は降りる。
忍び寄る予感を感じていたのはメイド達だけじゃなくて、きっといつもご帰宅くださる方もそう。
「お屋敷の閉館が決まりました」
言いにくいことをやっとの思いで口にしたのはお店のオーナー。
私は何も言わず、
同期のメイドと一瞬、目を見合わせると静かに頷いた。
閉館の理由は「やりたいサービスと求められているものがかけ離れていってしまう前に」
要は経営難、と言ってしまえばそれまでだけど。
それなら商品の価格をあげることも
テーブルチャージを取ることもできたはずなのに。
だけどやりたい事はそうじゃないんです。
古き良き喫茶店のままがいいから。
だからみんなの愛するお屋敷のまま、扉を閉めたいと思います。
他のお屋敷に移る選択肢もあるけれど
私は1番大好きなこのお屋敷のメイドとして最後の1日を迎えたいってそう思ったんだ。
告知をしてからは大忙し。
「なかなか来られなくてごめん」
「なるべく毎日来るから」
そう言って帰ってきてくださる方も増えた。
私たちはその合間に閉店イベントの限定メニューを考えた。
私が考えたのは「一期一会クレープ」
大好きな苺と一期一会をかけたデザートプレートだ。
このお屋敷での一期一会の出会いを大切に、忘れないように。
そんな願いを込めて、ホイップを絞って苺ソースを飾る。
限定メニューは大好評だった。
「これは本当においしいよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
お腹の前で手を組んでニコニコ話す、私のいつものポーズ。
「閉館が決まってから慌てて通ったってダメなのにね。悔しいよ。ごめんね」
旦那さまは歯痒く笑う。
閉館が決まったお屋敷はもう元のお屋敷には戻れない。
この幸せで寂しい空気の中を最後まで微笑んでお喋りして過ごすんだ。
「そう言っていただけるだけで嬉しいんですよ、私たちも」
私は心から笑っていた。
だってこの瞬間はやっぱり1番幸せなお屋敷のメイドだから。
8・『私のなまえ』
閉館の日は快晴。
澄み渡る空の見える窓の下、全員が揃う。
「泣いても笑っても今日が最後です。楽しんでいきましょう」
「はい!」
オーナーの声に応えるメイドたち。
その日は朝から次々と最後の旦那さま、お嬢様をお迎えできた。
こんなにたくさんの人が出会ってくださってたなんてすごいなぁと思った。
「――さん」
何度目かのお見送りの時、いつも帰ってきてくださる1人の旦那さまに呼びかけられた。
あまりおしゃべりしない寡黙な方で、初めて話しかけてくださったかもしれない。
「はい、旦那さま」
ハッとした私は目を瞠る。
「ももかさん、あなたの淹れてくれた紅茶と、
このお屋敷のスコーンの味はずっと忘れません。
ありがとうございました」
旦那さまは真剣な目をしてそう言ってくれた。
この寡黙な方がそれを言うのにどれだけ精一杯だったかわかるから
私は涙が溢れて、ちゃんと喋れなかった。
「ごめんなさい、ちゃんとお見送りしたいのに……。
ありがとうございます、こちらこそ」
旦那さまの目も潤んでいた。
ももかって呼んでくれたの初めてだったかもしれない。
夢のように過ぎ去った1日の終わり、
私はホワイトブリムを外すとカゴの中にそっと戻す。
「ももか」のネームプレートを握りしめてお屋敷の外へ扉を開いた。
ももかという名前はメイドとしての名前だから、このお屋敷でしか存在しません。
ここでしか会うことができないけれど、
旦那さまやお嬢さま、メイド達が呼んでくれたから私はももかになれたのです。
私は両手で顔を覆って、花の香りのほのかに漂う空を仰ぎ見る。
――ああバカみたいに泣けちゃうし笑っちゃうな。
こんな名もなきメイドなのに勝手に背負っちゃうほど
大好きだったの。
さすがにちょっと異常なのよ。
このお屋敷の扉が閉じてしまっても、私の心はここでいつもあなたのご帰宅を待っています。
またこのお屋敷で会いましょう。
それまでしばし、
いってらっしゃいませ お嬢さま、旦那さま。
メイド ももか
あのお屋敷で待ってる umi @momoka03
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