第2話 世界は甘くないけど
3・『小さなきっかけ』
ほとんどのメイド喫茶にはホームページがあって、
月ごとのイベント告知だとか限定メニューだとか、
メイドの紹介ページなんかがある。
いつも来てくださる方にも、なかなか来られない遠方の方にも
お屋敷の物語を楽しんでいただくためだ。
そしてメイドブログもあって、毎日書く人もいればたまにしか書かない人もいる。
私はお屋敷でうまくお喋りできない分、ブログでの発信を毎日続けた。
毎日帰ってから、長い時は1時間も文章を考えて
その日のお給仕で思った素敵なこととか
普段思っていることをたくさん書いた。
この日に書いたのは最近勉強を始めた紅茶のこと。
私のいるお屋敷では特に紅茶に力を入れている。
茶葉から煮出すロイヤルミルクティーだってある。
でもこんなにたくさん種類があることを旦那さまお嬢さまも知らない方が多くて
「ニルギリ…キームン…これは紅茶なの?」
と首を捻っている姿が可愛らしくてつい笑ってしまう。
だからもっとたくさんおすすめできるように、
もっと美味しく淹れられるようにしたくてお勉強を始めたの。
いつかメイドのオリジナル紅茶を出してみたい。
そんなことをブログに書いたら、翌日のお屋敷で仲間のメイドから
「すごく色々考えてるんだね!」って褒められてびっくりした。
とある旦那さまからも
「ブログでおすすめしてくれていた紅茶を飲んでみたくて…」と声をかけられた。
私なんてたいしたことわからないのに、とびっくりしたけど本当はすごく嬉しかった。
私にできること、もしかしたらあるのかもしれないわね。
4・『世界は甘くないけど』
だけど、そんな理解のある旦那さま、お嬢さまばかりじゃなかった。
好きなことだけが守られるほど世界はそんなに甘くない。
時は折しも、メイドブームまっただなか。
メディアでは連日、エンターテイメント系のメイド喫茶が「萌え〜」という言葉と共に取り上げられていた。
私はメイド喫茶好きのメイドだった。
いつもお給仕の合間に色んなお屋敷にお嬢さまとしてご帰宅していた。
だから心落ち着く隠れ家のようなクラシカル系も、
ときめきをめいっぱい浴びられるエンターテイメント系も、
大人っぽいメイドバーや寛げるメイド居酒屋も
全部、大好きだ。
でもメディアで取り上げられるのは
おまじないをかけたりするエンターテイメント系のお店ばかりでまるで偏っていた。
色んなお店があるってこと、
その時の好みや気分に合わせて選べるってことを知ってもらえたらいいのにと思っていた。
土日になるとお屋敷にはいつもとは違う観光の方が行列をするようになった。
もちろん、興味を持ってきてくださるのは嬉しいし
楽しんでもらえるように精一杯お給仕したい。
でもやはり、メディアで見たサービスを期待される方も多く、
「おまじないはないんですか?」
「ゲームは?オムライスのお絵かきは?」と聞かれるけど
クラシカルメイド喫茶にはそんなものはない。
「申し訳ありません。パフォーマンスと言えそうなものは紅茶をカップに注ぐことくらいなんです…」
申し訳なさそうに小さな声で呟くしかできなくて胸がぎゅっとなる。
どうしてどんなお屋敷か調べてから来てくれないんだろう。
その言葉は言えずに肩を落とす。
旦那さま達も困ったような笑みを浮かべて受け止めてくれるけど、私の心はずっとモヤモヤしていた。
それだけならまだいいのだけど、
笑って受け流すには、あまりにもお屋敷の空気にそぐわない言葉を投げかけられることもある。
どんな言葉を言われたかって、それは言えない。
だってそれを伝えれば、これを読んでくださっている旦那さまやお嬢さまのことまで
傷つけてしまうかもしれないでしょう?
だけど、どんなに心をこめたおもてなしをしようとしても、無理なんじゃないかって足が震えてしまう日もあった。
同期のメイドさんに打ち明けると、彼女はカラッと笑って、こう言った。
「だって、褒められた仕事をしてるわけじゃないんだからどう思われたって仕方ないし、気にすることないじゃない」
私はそれを聞いた時は全然わからなくて。
あの深夜テレビで見た女の子みたいに誇りを持って働いているのに、そんなふうに思いたくなかった。
でも後から思ったのは、同期の子はすごく大人で
「自分で選んだ仕事、自分で責任を持ちなさい。自分で守りなさい」ってそう言っていたのかもしれない。
一度、冷やかし半分に話しかけてくださる旦那さまがいて
「えっ、この仕事が本業なんですか⁈恥ずかしくないですか?」ってびっくりしていた。
「恥ずかしいと思ったことはありません。
私はここでおもてなしをして、1人でも多くの旦那さまに笑顔になってお出かけしてほしいんです」
そう言ったらその旦那さまは
「プロ意識、かっこいいです!!」って見直してくれた。
嬉しかったのと同時に、
ああ私、人にどう思われるか恥ずかしかったんだって思った。
こんな道を選んでしまってやっぱりちょっと変わってるのかなって。
でも私は私らしく、おもてなしを受け取ってもらえる瞬間もあるって信じられた気がした。
きっと大丈夫。
それから、
いつも帰ってきてくださる旦那さまにこう聞いたことがある。
「私はこんなに心のなかがガチャガチャして泣いたり怒ったり、
ちっとも萌えでも癒しでもないのに、どうして旦那さまは帰ってきてくれるんですか」
しゅんとしてそう伝えたら、
その方は「いつもがんばってるからかな」ってちょっと笑って仰った。
こんな私は萌えのど真ん中には行けそうにないけど、
がんばる姿に心動かされることが萌えだというなら
私もそれをお届けできてるのかもしれないね。
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